話を聞いてほしい
轟金剛/サキ/鏡慶志郎(サラ番)/舎弟/巌
※ 相手選択で飛びます。
▼ 轟金剛
「は居るかー!?」勢いよく開けられた教室のドアから現れたのは体育の授業真っ只中の隣のクラス轟だった。
「えっ、轟君!?」
「! 俺の話を聞いてくれ!」
「いや、あの、轟君今は……」
教師の制止も聞かず、ズカズカと教室に入ってきた轟はの席の前まで来ると勢いよくの机を叩いた。
「昨日の疾風のサキとめんこ勝負で勝ったんだ!」
「え?! めんこで……?!」
思わず持っていたペンを落としそうになった。
「そうだぜ! あの疾風のサキにめんこでだ!」
「す、凄いっ! ……っていや、待ってよ轟君」
「このことをに一番最初に話したかったんだ!」
「そ、それは嬉しいけど……あ、あのね」
しかし今は授業中だ。
クラスメイトと教師の視線が痛い程にに刺さる。
「スゲーだろ? と練習した甲斐があったってもんだぜ!」
「うん。轟君頑張ってたもんね。だからあのね」
「よーし! 次は料理対決に向けての特訓だぜ! 明日エプロン持って来いよ!」
「ま、待って轟君!」
「じゃぁな! また来るぜ!」
溜息をついて周りを見渡せばクラスメイトと教師の視線がに集中していた。
「……お話は終わりましたかね」
「毎度ながら授業を中断してごめんなさい」
笑ってごまかしながら午後の授業はエプロンをどこにしまったか思い出すので終わってしまった。
▼ サキ
「サーキちゃんっ!」「うわぁ! だ、誰だい!?」
「えへへー! サキちゃんが曲がり角で見えたから走って追いかけてきちゃった。一緒に帰ろ?」
角を曲がると見知った後ろ姿があった。
今時珍しい程に長いスカートを翻していたサキの後ろ姿を見るや否やはその背中を追いかけ、抱きついた。
「ったく……いきなり人に体当たりするもんじゃないよ。あたいじゃなかったら吹っ飛んでたよ」
「サキちゃんにしかこんなサプライズしないもん」
「……ったく。ほら、さっさと歩かないとおいてくよ」
「ふふっ。ありがとうサキちゃん! ならさ、この後カフェ寄らない?」
「勝手にしな」
いつもサキはのわがままを聞いてくれる。
勝負事に熱くなるサキではあるが、本当は姉御肌でとても優しい事を知っているはクスクス笑いながらサキの隣を歩く。
「ありがとうサキちゃん。サキちゃんって優しいよね! そういうところ好きだなぁ……」
「な、な、な、何言うんだい急に!」
「だって本当のことでしょ?」
「ふん。本当ははあたいがどれだけ悪かって知らないだけだよ」
照れているのかそっぽを向いてしまったサキの顔をは覗き込むように見る。
「そうかなぁ? 本当の悪だったら雨の日に箱に入れられてた子犬に傘とか置いて行かないと思うけど?」
「な、なんでそれを……! あたいは別に……そこで野垂れ死んだら夢見が悪いから……って誰からそれを聞いたんだい?!」
「轟君の舎弟君だよ。たまたま通りがかって見てたみたい」
「あんの野郎! 今度会ったらただじゃおかないよ」
握りこぶしを震わせるサキには申し訳ないがこの話は学校中に知れ渡っている。
「まぁまぁ人として素晴らしいことをしてるだけだから良いじゃん? それにうちの学校じゃみんな知ってるしね! あれ? サキちゃんどこ行くの?」
「……ちょっとこれからの学校に」
「ダーメ! 今日は私とカフェだもん! さ、行こう行こう!」
「! 離しな!」
「やーだ。いっつも轟君にサキちゃん取られちゃうんだもん。今日は私の番だよ」
「はーなーせー!」
「ダーメ! さ、一緒にスイーツ食べようねぇ」
その時、活気ある商店街で抵抗する疾風のサキの腕を笑顔で引っ張るの姿を舎弟が見ていたのを知るのは後日のこと。
▼ 鏡慶志郎(サラ番)
「おや? 今日も残業かい?」いつもならさっさと仕事を終えて帰る上司の登場には思わず溜息を零した。
「そうですよ。さっき部長から明日までにプレゼン資料を用意してくれって急に頼まれてしまったんで」
「それはご愁傷様だね。でも、君の作る資料は分かりやすいって他社でも有名だからね。部長が指名するのも仕方ないことさ」
「嬉しいですけど、そういう事ならもっと早くに言って欲しいものです」
「なぁに、期待しているってことなんだよ」
期待されるのは嬉しいが、急な依頼は勘弁して欲しかった。
本当なら今日は仕事帰りに美容院に寄るはずだったが、泣く泣くキャンセルの予約を入れる羽目になったのは痛い。
「……ところで、鏡係長は帰らないんですか?」
「帰るつもりだったが忘れ物があってね」
「忘れ物……ですか」
「そう。忘れ物さ。あぁ、ワタシのことは気にしないでくれたまえ」
「……作業に戻ります」
「そうそうその調子。素直なレディは好きだよ」
女子社員がキャーキャーと騒ぎそうな眩しい笑顔を見ながらは心の中で”やりづらいなぁ”と愚痴る。
「君はもっと仕事を楽しまないとダメさ。なんたって仕事っていうのはただの暇つぶしに過ぎないからね」
「……エリート様の言う事は違いますね」
「まぁワタシぐらいのエリートにならないとそういう感覚にはなれないのかもしれないね」
何の躊躇いもなく良くこんなにも嫌味な事をスラスラと言えるなと半ば感心してしまう。
「ワタシの話、聞いてるかい?」
「すみません。資料作成に夢中で聞いてません」
「そんな眉間にシワを寄せたらキュートな顔が台無しだ」
「誰のせいですか」
「ワタシは手持ち無沙汰なんだ。少しは相手してくれても良いだろう?」
変なのが隣に居ては正直進むものも進まない。
重たい溜息を吐きながらは仕方なくキーボードを打つ指先を止めた。
「……鏡係長は忘れ物があって残ってるんですよね」
「そうさ!」
「……なら忘れ物って……なんですか?」
「オフコース。ユーだよ」
「は?」
「だからユー。君さ」
予想しなかった回答にの表情が固まる。
「えっと……意味がわかりません」
「仕事中は敬語で話すマイフィアンセの君を一人残して帰るなんてワタシの美学が許さないからね」
「ちょっと……誤解を招く言い方やめてってば。ただの幼馴染なだけでしょ!」
「まったく……”慶志郎君と結婚する”って言ったの忘れちゃったのかい?」
「いつの話よ。そんなの小さい頃の冗談でしょ! ほら、さっさと帰って下さい。鏡か・か・り・ちょ・う」
「シャイなところもキュートで素敵さ。じゃ、ワタシは先に車で待ってるから」
車のキーを手で弄ぶ鏡を見ながらは心の中で正門から帰ろうと誓った。
▼ 舎弟
「バーンチョー!」「……ビックリしたぁ。轟くんは居ないよ?」
が屋上でお昼ご飯を食べていると甲高い声が屋上に広がった。
「あれ? さんだけっスか。番長見なかったッスか?」
「轟くんなら……操ちゃんとクラスでお昼ご飯食べてると思うけど」
「さんはそれでイイんスか!?」
「……急に大声出さないでよ。それに良いも悪いも二人は幼馴染だし、一緒に食べてるのは今に始まったことじゃないでしょ?」
何を突然分かりきっている事を言い出すのか分からなかったは首を傾げた。
「さんは一人でご飯食べてて寂しくないんスか!?」
「えっと、寂しいって……思ったこと無いけど」
「お供するっス!」
隣に座った舎弟は弁当箱を持っていたようでそのまま広げ始めた。
「……良いけど、番長を探してたんじゃないの?」
「本当はさんを探してたっス」
「私を?」
「そうっス! さんに聞きたい事があるっス」
「えーっと、何かな?」
「さんは番長のこと……どう思ってるんスか?!」
唐突な質問には食べていたからあげを喉に詰まらせそうになった。
「ど、どう……って何が?」
「だから! バンチョーを! 漢として! す、す、す……」
「しゃ、舎弟君落ち着いて! 卵焼き持ってる箸が荒ぶってるから!」
「さんは! バンチョーをその! す、すす、好きなんスか!?」
「んぐっ! ちょっ……!」
今度こそからあげが喉に詰まる。
「さんはその! オレらの中でもその……マドンナ的存在なんスから!」
「マ、マリョンニャ……?」
「そうっス! マドンナっス! 絶対的聖母っス! 卵焼きもあげたくなるぐらいっス! はい、どうぞっス!」
無理やり卵焼きを口に押し込まれ、は困惑の表情を浮かべながらもそれを受け入れた。
「……んっ。なんだかよく分からないけど、ごちそうさま」
「お粗末様っス!」
「で! 最近さんのことが他校で噂されてるっス! 本当は、そこんとこどうなんスか!?」
「近い近い!」
ぐいぐいと距離を詰められ、迫ってくる顔に汐那は悲鳴をあげた。
「さんがバンチョー以外に取られるのはイヤっス! 認めないっス!」
「ちょ、ちょっと舎弟君……!」
「さんにはオレたちのさんで居て欲しいっス!」
「えっと、私はそういう恋愛事はあんまり……」
怒ったかと思えば今度はメソメソしだし、舎弟の感情の波に乗り遅れていると急に元気を取り戻した舎弟は勢いよく立ち上がった。
「あー! さては、あの京都でナンパされてたイケスカナイ金髪前髪触覚野郎に汚されたっスね!?」
「ひ、人聞きの悪い事言わないで!」
「こうしちゃ居られないっス! すぐにバンチョーに知らせないと! バーンチョー!」
「……行っちゃった」
騒がしかった屋上が一瞬にして静まり返る。
放り出された箸を片付け、食べかけの弁当箱に蓋をしながらは苦笑しながらため息をついた。
「なんでここの学校の男達は揃いも揃って話を聞かないんだろう」
でも、そこが楽しくて一緒に居て飽きない、と思うだった。
▼ 巌
下校途中、河川敷で寝転んでいた巌を見つけた。「あれ? 巌さん?」
「なんじゃいかい。こんなところで何しとるんじゃい」
「私は帰宅部だから部活入ってる子達に比べると帰りが早いんですよ。そういう巌さんは?」
「学校行くはずが、此処で寝てしもうたわい」
流石スリーダムで留年してる回数を数える方がアホらしくなるような我が道を行く巌だと思いながらは巌の隣に腰掛けた。
「巌さんらしいですね。でもこんなところで寝てたら職質されちゃいますよ?」
「なんじゃいそのショクシツってのは」
「職務質問のことです。職業はなんだーとか、此処で何してるんだーとか」
「んなもん見りゃわかるじゃろ。ワシは高校生で河川敷で朝から寝とったんじゃ」
「普通の高校生はこの時間は学校だし、河川敷でも寝ませんよ」
「ふぅむ。人生は厳しいのぉ」
年の功と言うのだろうか。
高校生からは絶対出てこない言い回しにはクスクスと笑った。
「も一緒に寝ればそのショクシツってのはされんのぉ」
「へ?」
「河川敷で寝転びながら青春を謳歌する仲良しかっぷるっつーとけばイケるじゃろ! ガハハハ!」
「何だか青春してるって感じですね、それ」
「高校生っつーのは青春の塊じゃい」
「そうですね。なら私も寝転んじゃおうかな!」
「制服が汚れても知らんからな」
「その時はその時です。って言うか聞いてください! 今日ですね」
「わしに追いつけたら聞いてやるわい!」
「あ、ちょっと巌さん! 待ってくださいよー!」
夕日が沈みそうな河川敷でゴロゴロと転がる白い学ランと、それを追いかける女子生徒。
この姿を青春を謳歌していると言わんで何と言えるだろうか。