イルミが居ないとある日常

ゼノミルキキルアキキョウ
※ 相手選択で飛びます。


▼ ゼノ

リビングの前を通った時、ひらりと揺れる燕尾服の後ろが見えた気がしたゼノはふと立ち止まって中を覗いてみた。
孫のイルミが何の報告や相談も無しに連れてきた娘・は殺気も無ければ、何処か抜けていてゾルディック家の中ではかなり浮いた存在であり、最初はどうなるかと思ったが本人は真面目でなんとかこの家族に馴染もうとしている姿勢が好印象だった。
個性豊かなこの家の中で自分の居場所を見つけようと奮闘する姿は見ていて微笑ましくもあるが、同時に”何故”の二文字が頭に浮かぶ。
本人が決めた事であれば他人がとやかく言うべき事ではないが、少なくともゼノは一般人の女性ならもっと素敵な出会いがあるだろうに、と思っていた。

「おはよう、お嬢さん」
「……あ、お、おはようございます!」
「お嬢さんは早起きなんじゃな」
「すみません……もしかして、起こしてしまいましたか?」
「いやいや、わしが早起きなだけじゃて。気にせんでくれ」

額の汗を拭いながら慌てて掃除機の電源を切るを見ながらゼノは髭を撫で、ソファに腰掛けた。
続きをして構わないと伝えるとは「でも……」と答えながら困ったように笑みを浮かべる。

「煩く……無いですか?」
「構わんよ」
「そ、そうです、か」

が掃除機のスイッチを押すと再度けたたましい音が鳴り響いた。
普通の家庭用掃除機と比べるとだいぶ重たく設計されたそれを慣れない手付きで一生懸命動かすの額に再び汗が浮かび上がる。
一体どうしてこんなにも真面目で、良い意味で”何もない”彼女がイルミの後を追うのかゼノには分からなかった。
時間はかかったが何とか掃除を終えたは汗だくだった。

「お疲れさん。執事に任せても良いんじゃよ?」
「そんな。働くもの食うべからず、ですよ。私に出来る事があるなら、何でもします!」

肩で息を吸うの笑顔には嘘や偽りなど無い様に感じた。
花のようにパッと咲いた笑顔を見ると何処か心が落ち着くのを感じ、ゼノが隣に座るよう進めると遠慮がちには隣に腰を降ろした。
孫娘が出来るとこんな感じなのだろうかと、思っているとふいにが「あの」と切り出した。

「私、お邪魔じゃないでしょうか?」
「邪魔? そんな事、誰も思っとらんよ」
「それなら、良かったです! あ、何かお茶でもお持ちしますね。ちょっとだけ待ってて下さい!」

気の利く孫が居ればこんなにも優しくしてくれるのか。
孫達から時々邪険に扱われる事はあるが、は決してそんなことはしない。
あのミルキでさえ、毒気を抜かれて誰にも触らせないパソコンを貸したりしていると聞く。
そんな心優しく、トゲトゲしている人間や癖のある人間を懐柔出来る素質のある娘を手放したら周りの悪党共が放っておかないだろう。
なんだかんだでが屋敷に来てから屋敷内の雰囲気が柔らかくなったような気がした。

お茶を持って戻ってきたにゼノは辛抱出来ずに「で、お嬢さんはいつイルミの嫁に来てくれるんじゃ?」と聞いてしまった。

▼ ミルキ

最近チョロチョロと屋敷内で何かをしている女が居る。
何でもイル兄の女だとかで何処からどう見ても弱そうで、すぐ死にそうな人間だ。
ひょろひょろでヘラヘラしてて何故だか急に執事の服なんか着だして何考えてるか分からない女。
こんな女の何処が良いんだとイル兄の趣味を疑うレベルだ。
オレだったらもっとこう……。

「ミルキさん、洗ったお洋服は何処に置けば良いですか?」
「うわぁあっ!!! ノ、ノックぐらいしろよなブス!」
「……しましたけど?」
「は?! オ、オレが良いって言うまで開けんなよ!!!」
「ですが……ミルキさんの専属執事さんが”どうせくだらない事してるから返事が無くても入っちゃってください”って言ってたんですけど」
「何でオレじゃなくてあのポンコツ女の言う事優先するんだよ!?」

どうしてウチに居る女はみんな頭がおかしいんだよ!
この女も何考えてるか分かんねーけど、普通に接してくるし一体何なんだよ。

「す、すみませんでした。ならこれ置いて早々に出て行きますね」
「当然だろ! バカかよ!」
「それで……何処に置けば良いですか?」
「その辺で良いからさっさと出てけオレはお前と違って忙しいんだよ」

最初はおどおどしてたくせに今じゃ怒鳴ってもビクともしないあたり、やっぱりこの女は頭がおかしい。
そもそも暗殺を生業としている家に来たら怖いもんだろ。
別に自分の所の家業が嫌なわけじゃねーけど、少なくとも”一般人”と呼ばれるひ弱な人間達がオレ達をどう思っているかぐらいは理解している。
じゃなきゃ、出会い系サイトで職業の所に”暗殺”って記載しても返事ぐらいは返ってくるだろ?

「っつーか、お前はイル兄の何なんだよ」
「何なんだよ……と聞かれても……」
「お前、暗殺の経験とかねぇだろ?」
「無い、ですね。想像も出来ませんけど……理解したい、とは思っています」
「一生弱いまんまで生きて恥ずかしくねーの?」

いや、オレは何を聞いてるんだ。
さっさとこの女を部屋から出したいのに……。

「……なるほど! 厳しい事を言ってくれるのはミルキさんなりに私を心配してくれているという事でしょうか?」
「は!? ちげーし!」
「専属さんが言ってましたよ? ”口は悪いけど根は優しい人なんですよ”って。ご心配有難う御座います」

何でそうなるんだよ!
何でオレが全然関係無いお前のことを心配しなきゃなんねーんだよ!
やっぱりこいつ、頭がおかしい!

「オレはお前みたいな弱い人間が嫌いなんだよ! さっさと出てけよこのクソ女!」

その時だった。
腕を振り回した時、手がマウスに当たって一時停止していたゲームの画面が再生されやがった。

「ミルキくんってすっごく優しいんだね。ありがとう」

推しキャラがオレの事を優しいと言ってくれた。
嬉しくねーけど、嬉しいが、タイミングが違う!

「……やっぱり優しいんじゃないですか。彼女もそう言ってますし、ね?」
「ニヤニヤすんなよ! あぁもう! ウッゼーな! さっさと出てけ!」
「はいはい。あ、ミルキさん。私、ゴトーさんとの特訓、頑張りますね」
「知るかよ! オレに言うなっつーの!」
「元気が出たので3時におやつをお持ちしますね」
「うるせーよ! 子供扱いすんじゃねーよクソが!」

モニターを隠しながら唸るとバカ女はクスクス笑いながら出て行った。
ったく、何でオレがあんな頭悪そうな女におちょくられなきゃなんねーんだ。
イル兄は本当にあいつの何が良いんだ?
バカで、弱そうで、勝手に部屋に入ってくるし、やらなくて良い執事の真似事なんかして邪魔でしかねぇ。
……でも、おやつは美味いんだよなぁ。

▼ キルア

ってさ、なんか普通じゃないよね」
「ふ、普通……ですよ?」
「普通じゃねーよ。普通こんな普通じゃない家族の家に来たら逃げたくならね?」

「オレなら嫌だね!」とソファにふんぞり返りながらキルアは足をばたつかせた。
確かに何も知らなければそうなったかもしれないが、こちらに来る前にある程度話を聞いて、それでもこちらに来る事を選んだに逃げるなんて選択肢は無い。

「オレも学校とか行ってみたかったなぁ」
「キルア君ならモテモテだろうね」
「モテるって何?!」

バスタオルを畳みながらがそう言うとキルアは体を起こして食いついた。
そういえばこんな会話、以前したことあるなぁと思いながらは「沢山の異性に好かれる事だよ」と教えるとキルアは少し考えた後、「つまり、チョコロボ君をいっぱい貰えるって事?」と首を傾げた。

「ん? どう言うことかな?」
「だーかーらー! 好かれるってことはオレの好きなもんもくれるって事だろ? それっていわゆるオレのファンってことじゃん?」

要するにキルアは”貢がれる事”を言っているようだった。
それが可笑しくてがクスクス笑うとキルアは”何が可笑しいんだよ!”と頬を膨らませた。

「キルア君らしいなって思ったんだよ」
「じゃぁ他に好かれるってどう言う事だよ」
「んー。カッコいいって思われたり、好きって想われる事かなぁ」
「ふーん。それならオレはモテるけど、兄貴達はモテない部類に入るわけか! あの二人、デブとサイコだし」
「……えーっと、それは人それぞれの感想だと思うんだけどなぁ」

そうが言うとキルアはキっと目を釣り上げてに詰め寄った。

「じゃあさ! はオレと兄貴達だったらどっちがカッコいいと思うんだよ!」
「え、えぇ……急にどうしたの?」
「良いから! どっち!?」

ソファから降りたキルアはが持っていたバスタオルを奪い、詰め寄った。
答えるまで返してくれなさそうなキルアの勢いには「キ、キルア君……かな」と答えるとキルアは勢いよく立ち上がりバスタオルを握りしめた。

「よーし!! やっぱそうだよな!」
「う、うん……」
「ならそうだなぁ。はオレのファン第1号にしてやるよ!」
「え!? あ、ありがとう」

腕を組んで勝ち誇ったような表情を浮かべるキルアと何となく拍手をしているの姿をリビングの前をたまたま通りかかったゼノが見ていた。

「相変わらず仲良しじゃのぉ」
今日も屋敷内は平和そうでゼノは安心していた。

▼ キキョウ

「あなた……私も良い加減ちゃんとお話ししたいわ」
「毎日盗撮してるだろ」
「失礼な! 観察と言ってちょうだい!!!」

母親の威厳を保ち、ちゃんの成長のためにってことで私だけ接触禁止令が出ているけど良い加減我慢の限界だわ!
私以外の家族がちゃんと楽しそうにお話しをしているのを見ると羨ましい気持ちが爆発しそうになるというのに、誰も私の気持ちを理解してくれないってどういう事なのかしら?
私だって仲良くお喋りしたり、お買い物行ったり、お茶したりしたいのに!

「ちょっとぐらい……私も愛娘の力になりたいのよ」
「まだ愛娘と決まったわけじゃ」
「決まったも同然です! 私はあの子が良いわ!」
「……おい! 何処行くんだ?」
「ちょっとトイレですわ!」

あんな頭の固いパパと話してたら何にも始まらないわ!
毎日毎日ゴトーの執拗ないじめ……と言う名の特訓にも弱音を吐かずに頑張る姿を見たら誰だって手を差し伸べたくなるものよ。
それに今は丁度一人でお洗濯物を干しているみたい。
これなら誰にも邪魔されずに近くでちゃんと観察出来るわ!

*****

「ふぅ。今日中に乾いてくれるかなぁ」

大量のバスタオルやシーツやらを干し終えたちゃんの表情はとても満足そうな顔で最高に可愛らしいわ。
そんなことは執事に任せておけば良いのに、自ら進んでお手伝いをしてくれるとか母親からすればパーフェクトよ!
あぁ、今すぐこの茂みから飛び出してちゃんの身体を抱きしめながら頭を撫でたい!
でもそんな事をすれば計画が失敗に終わってしまうし、それこそ一生接触禁止令が出てしまいそうだから私はグっと堪えるの。
これも全て愛娘のちゃんのためなのよ。
何も出来ない母親を許してね。

「えーっと、次はゴトーさんとお買い物っと」

お買い物ですって?
どうしてそのポジションがゴトーなのかしら!?
その時、体制を崩した私は足元に落ちていた葉っぱを踏んでしまったの。
カサリと音を立てる葉っぱの音を聞き漏らさないなんて、立派に成長しているちゃんの姿に思わず歓喜の声をあげそうになっちゃったわ。

「……ん? キルア君?」

口元を扇子で隠しながらなんとか叫ばないようにしないと!
堪えるのよキキョウ!

「違うか……あ、もしかして……キキョウさん、ですか?」

お、おおおお落ち着くのよキキョウ!
堪えるのよ!

「あの……私、何か気に触るような事をしていたら、すみません」

ウッ……涙が出そうだわ!

「でも、時々今日みたいに……見てくれて、ますよね? 私は、一生懸命やれてますか?」

貴女は十分すぎるほど良くやってるわ!!!
あぁ……話せないのがもどかしい……拷問よりもキツイわ。

「まだ、ちゃんとお話し出来ないのは私が不甲斐ないから、だと思ってます。あの! もっと頑張りますので……お話し出来るのを楽しみしています!」

ちゃんはそう言うと頭を下げて洗濯籠を抱えて執事の屋敷の方へと行ってしまった。
あぁ、不憫な思いをさせてしまっているのが本当に申し訳ない。
やっぱり此処はパパを説得するしかないわ!
こうしちゃいられない!
すぐに戻ってパパにちゃんが私と話せなくて泣いてたって伝えなくちゃだわ! 


2021.10.27 UP