パラダイムシフト・ラブ

END

土砂降りの雨の中、ヒソカは一人廃墟の一室でトランプタワーを作っていた。
突如消えてしまった知り合いを待ってもうどれくらいが経つだろうか。
最後のカードをてっぺんに乗せたところで、珍しくそれは崩れた。
崩れた先に見えたのは火の玉で、それは徐々に大きくなり、二人の影を落とした。

「よいしょっと」
「いやぁああ!!! イルミさんイルミさん! 怖い怖い! 怖いです!」
「大丈夫。着いたから」

黒髪を靡かせて片足で着地した長身の男は一人の女性を抱き抱えていた。
その姿を見るとヒソカは目元を細めた。

「おかえりイルミ」
「……何してんの」
「カードで遊びながら君の帰りを楽しみに待っていたんだよ。そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
「お前には関係無い」

首にしっかりとしがみついている女性、を下ろすとイルミはヒソカを睨む。
「怖い怖い」と口では言いながら指先でトランプを一枚、イルミに向かってヒソカは投げる。
足元に転がるそれはハートのクイーンのカードだった。

「えっと、あの……どちらさん、ですか? こ、此処が……イルミさんの世界、で合ってる……んですよね?」
「そうだよ。じゃ帰ろうか」

イルミの服にしがみつきながらキョロキョロと辺りを見渡すがヒソカを見る。
奇抜な格好とヘアースタイルに驚き、思わずイルミの後ろに隠れた。
ヒソカがヒラヒラとに向かって手を振ると「あれは変態だからは知らなくて良いよ」と言った。

「酷いじゃないか。大事なファーストコンタクトを邪魔しないでくれるかい?」
「酷いのはどっちだよ。嘘のルール渡して何がしたかったわけ?」
「何って? 勿論君が楽しめるようにだよ」

ヒソカはゆっくりと立ち上がり身体を伸ばしながらイルミに近づく。

「ルールの紙はボクがあの箱を手に入れた時にはボロボロになってて読めなくなっていたんだよ。だからボクが書き直してあげたんじゃないか」
「だいぶ見当違いなルールだったけどね」
「それでも色々と楽しめただろ? 色々と、ね」

恐る恐る顔を出してヒソカを見上げるにヒソカはニコっと笑って口元を舐めた。
仲が良さそうには見えない雰囲気には戸惑いながらも頭を小さく下げて「ど、どうも」と言うのが精一杯だった。
なんとも言えない威圧感にの喉が乾き始める。

「あ、あのイルミさん……」
「……殺気出すのやめてくれる?」
「アハ。イルミも過保護になったもんだね。ごめんね。ボクはイルミの友達でヒソカだよ」
「友達とか気持ち悪い事言うの止めてよ。が勘違いするだろ」
「えー。事実なのに?」

は二人の話についていけず聞いているのがやっとだった。
それでもヒソカという名前だけは覚えることができ、よくイルミの話に出てきたのを思い出して二人のやりとりを見ていた。
どちらかというとイルミの態度は素っ気なく、ヒソカはその素っ気なさを楽しんでいるように見えた。
腐れ縁のような雰囲気を感じ取ったは「あ、あの!」と勇気を出して声を出した。

「わ、私、って言います!」
? 可愛いねぇ。まだなぁんにも知らない青い果実って感じ」
「やめろよ」
「イルミに飽きたらボクのところにおいで。可愛がってあげるからさ」

すぐに針を出したイルミの手がヒソカに伸びるが、ギリギリのところでヒソカがそれを止める。
お互い冷たい目でにらみ合う。
なんとかこの場を沈めなければと思ったは意を決して「そ、それは! 無いと! お、思い……ます」と言うと、二人の視線がに向けられる。
二人から見られている事と今しがたの自分の発言にの顔が徐々に赤く染まる。

「えっと、あの、なんか……すみません」
「いいねぇ。ボクもに愛されてみたいなぁ」
「あ、愛!?」
「今度は赤い果実って感じ。食べ応えがあるねぇ、イルミ?」
「……お前と会うとほんと面倒臭いことになる。でも、0.2ミリぐらいは感謝してるかな」

イルミはの手を引いて廃墟のドアから出ようとした。
しかし一度立ち止まり、ヒソカの方に振り返ると「にちょっかい出したら許さないから」と伝えて出て行った。
イルミの変化にヒソカは笑い、口元を隠しながら「面白い二人だねぇ」と地面に落ちているカードを拾った。
ハートのクイーンのカードは少し分厚く、指でこするともう一枚のカードが背後から出てきた。
スペードのジャックはまるでクイーンに近づく外敵から守っているように見えた。


2020.08.09 UP
2021.07.27 加筆修正