パラダイムシフト・ラブ2

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「ど、どうしよう……まさか、隔離なんて……聞いてないよ」

船に乗り込む時、所持していたプレートをスタッフに渡すとビーンズが待機していた飛行船へと案内してくれた。
その時聞いた話をまとめると、参加者は部屋に隔離され、最終試験が始まるまでの間は参加者同士の接触は禁止という内容だった。
これでは誰が参加者として残っているのか分からない。
そして、もっとも気になる点が1つだけあった。
それは、ハンター試験会長であるネテロと面談をしないといけないという事だった。

「どうしよう……始まる前にイルミさんに説明出来ればと思ってたのに……」

落ち着きなくは部屋の中をぐるぐると徘徊しながら今後の事を考えた。
まずどれくらいで次の試験が始まるのかも分からない。
なんとかしてイルミとコンタクトを取れないかと思い、はドアに手を触れてみるがロックされているのかビクともしなかった。
入室直後に風呂も食事も済ませてしまったにはやることがない。
部屋を見渡すと備え付けのベッド、デスク、風呂とトイレとまるで小さなビジネスホテルのような仕様だ。
そこで気になったのは電話機の存在だった。
一人で居るのも心細く、イルミと接触しかどうか聞くためにもはベッドの上に乗せていたリュックを引き寄せ中を漁った。
お守りとして持っていた一枚のカードを取り出し、は受話器を上げながらカードに書かれた番号をプッシュした。
”寂しかったら電話して”と書かれたハートのQのカードを机に滑らせてコール音に耳を澄ます。
耳の奥で誰かが出た気がした。
思わずは「あ、あの!」と声をあげると予想もしなかった人物の声が聞こえた。

「……?」
「え……イ、イルミ……さん? え? 何で!? だって、この番号って……えぇ!?」

は机に滑らせたカードを手に取り目をキョロキョロを動かしながらベッドの上で正座をした。
慌てるの声を電話口で黙って聞いていたイルミは落ち着くまで待ったのちに口を開いた。

、オレの質問に答えてくれない?」
「え? し、質問……ですか?」
「うん。簡単な事だよ。誰からこの番号を入手したの?」
「入手って言うのは……えっと、その……あー、えっと、キ、キルア君、かな!」

心の中でキルアに謝りながら固く目を瞑った。
どうかこの嘘が通りますように。

「嘘だね。この番号は仕事用だから限られた人物しか知り得ない。もう一度聞くよ? 誰からこの番号を教えてもらったの?」

もうダメだと思った。

「……ヒソカさん、です」
「そう。電話の様子じゃオレだと思わなかったみたいだけど、誰にかけるつもりだったの?」

声はいつも通り淡々としているが明らかに言葉には棘があった。
口籠るに対して急かすように「誰?」と問われる。
此処はもう素直に白状するしかないと考えたは小さな声で「ヒソカさんです」と答えた。

「ふーん。ヒソカねぇ……それで、はヒソカと何を話すつもりだったの?」
「いや、別に……えっと、し、試験はどうですかって聞こうと、したんです! イルミさんも、一緒ですかって、ね」

なんとも歯切れの悪い言い方だが全部が嘘ではない。
電話越しに聞こえる「ふーん」の声には「だって、心配だったので」と続けた。

「それで、は今何処に居るの? 家じゃないよね」
「あぁ、その事ですね! えっと……」

イルミに伝えるしか今しかない。
本当であればちゃんと顔を見て伝えたかったが、参加者同士の接触が禁止な以上タイミングとしては今が絶好のチャンスだった。
が今自分が何処にいるのか伝えようとした時、先に言葉を発したのはイルミだった。

「何でリタイアしていないの?」
「……え? 何で、それを……」
「ふーん。やっぱりこの飛行船ないに居るんだ」

まんまとイルミの鎌掛けに引っかかってしまった。
目元を抑えながら小さな声で「そう、です」とだけ答え、気持ちを切り替えた。

「そ、その事なんですけど!」
「何? 言い訳があるなら今だけ聞いてあげるよ」

明らかに怒っている言い方にはベッドから立ち上がった。

「あの! た、確かにリタイアするって言いましたけど……あの後考えて……やっぱり諦めたくないです!」
「この試験で人を殺す事になるかもしれないのに?」
「そ、そうなんですけど! そうなん、ですけど……」
に殺しは向いてない。オレの言う通りにしておけば良いって言っただろ? 何でそれが出来ないの?」
「……私の事は、私が決めます」
「こっちに来て何も出来ないが何を決められるって言うんだよ」
「そうですけど! 私は、こっちに来たのは自分の意思ですし、試験を受けるのも自分の意思で、イルミさんの隣に居たいって思うのも私の意思です!」

勢いに任せて出る言葉はどんどんと大胆さを増していく。
そしてそれを言ったしまったらもう後には引き返せない。
黙って聞いているイルミにお構いなしには思っていることをぶつけた。

「イ、イルミさんが居ない間……色々あったんです! ご家族の方が面倒を見てくれたんですが、私は恩返しがしたいんです! ただ居て、寝て、食べるなんて……そんなの耐えられないです! そのためには自分で何とか出来るようになる術くらい欲しい! 私は確かに何も出来ないけど……けど、それでも一緒に居られる為なら何だって挑戦しますよ! ゴトーさんの部屋のドアだって……開けれたんですから!!!」

乱れる呼吸にやってしまったと思いながらもは大きく深呼吸をしながら「以上、です」と発してベッドに腰掛けた。
これほどまでに自分の感情を激しくぶつけたことがあっただろうか。
が記憶している限りでは一度だってない。
心の中がスッキリした反面、それを聞いたイルミの言葉を聞くのが怖かった。
ずっと黙ったままでいるイルミの名前を呼ぶと小さく「家業を手伝うの?」と返ってきた。

「……手伝える事があるなら、手伝いたい、です」
「無いよ。自身も、にはセンスが無いって分かっただろ?」
「でもそれは、イルミさんと一緒に居るのを諦めるのと……同じ事です」
「違うよ」
「いいえ、同じ事です」
「分かった。試験で会えるのを楽しみにしてるよ」

その後は電話が切れた。
不通を知らせる電子音を聞きながらは目を瞑った。
これで良かったのだろうか。
でもこの件に関しては一度イルミとぶつからないと思っていただけに良かったのかもしれないと、徐々に思えてきた。
きっと顔を見て話したらまた言い負かされてしまう。
窓から空を見ると自分のモヤモヤとした心とは裏腹に青い空と白い雲しか見えなかった。


2022.04.17 UP