パラダイムシフト・ラブ2

99

いよいよ第四次試験の最終日を迎え、は大きな溜息を吐いた。

「第四時試験を終了します。受験生の皆さんは速やかにスタート地点へお戻りください」

上空から聞こえてくるアナウンスには空を見上げた。
最終日に相応しい晴天で、やっとこの試験も終わると思うと溜息が漏れたが、その溜息はすぐにクラピカによってかき消された。
朝食と呼ぶには随分質素な果物だけの朝食を食べ終えたクラピカはゆっくりと立ち上がり「そろそろ行くとしよう」とを見た。

「そうですね」

は地面に置いていたリュックを持ち、肩にかけた。

「結局キルアの兄には会えないままだったが、大丈夫だ。に私達が居る。5人で合格しよう」
「勿論、です」

この中に入っているプレートの重みなんてのは微々たるものではあるが、命の重みをしっかりと肩で受け止めた。
自分が今此処に立っているのは自分の人生を変えるため、イルミの隣に並ぶため、そして一人の人間として認めてもらう為だ。
その意思をしっかりと自分の中で確認し、は大きく息を吸い込んだ。

「行きましょう」
「あぁ。だが、その前にレオリオを起こそう」
「……そうでしたね」

見張り役をしてくれたレオリオは朝食を済ませた後仮眠をしていた。
木の幹に寄りかかりながら腕を組んで寝ているレオリオの肩をゆっくりと揺すると閉ざされていた目が次第に開く。

「ん……悪い。そろそろ移動か?」
「そんな所だ」
「……わかった」

レオリオは眼鏡をずらしながら目を擦り大きく欠伸をした。
腕を伸ばしながら「この試験もやっと終わるな」と漏らしながら大事な商売道具を持ち、ズボンについた葉っぱを叩き起こす。
この試験も今日で終わる。
歩き始めるとその時間がじわじわと湧いてきて、は思わず胸が詰まりそうになった。
色々回り道はしたが、この決断と答えは自分自身で考えて決めたことだ。
歩いている途中、背中を強く叩かれ、振り返るとレオリオが笑っていた。

「心配すんな。5人で一つだ」

は大きく頷き、凛としているクラピカの背中を見た。
日本にいた時は一人だったが、今は周りに人が居る。
自分の足で歩く道は、もうレールなんかじゃない。
その思いを表すようには拳を固く握りしめた。

*****

参加者を待つ船が見えた所でクラピカは「二人共」と二人に振り返った。
遠くから聞こえる名前を呼ぶ声にはクラピカの後ろから顔を出すと小さな影が2つ見えた。
眼鏡がない為よく見えなかったが、その姿は間違いなくキルアとゴンであると確信したは二人の静止を聞かずに走りだしていた。

「キルア君! ゴン君!」
!! お前何処行って、っておい!!!」
「わわっ! !?」

二人を両腕で抱きしめながらはその場で膝をついた。
2人の無事な姿を見て力だ抜けてしまったようだ。
クラピカとレオリオと移動している時、ゴンの情報だけ全く無かったため、心配していたが、こうして元気な姿を見れたことでは「良かった……」と無意識に言葉を漏らしていた。

、ちょっと痩せた? 大丈夫? ちゃんと食べてた?」
「おい、良い加減離せって! 大体お前……アレから大丈夫だったのかよ?」
はキルアと一緒じゃなかったの?」
「ちょっと色々あって……途中ではぐれたんだよ」
「そうなの?」

やっと追いついたのか背後からレオリオとクラピカの声が聞こえ、この場にまた5人で集まれたことに安堵しながらは二人を解放した。
急に走ると危ない事を指摘され、は素直に頭を下げた。
を除いた4人がプレートを所持している事を確認し合うのをただただ黙って見つめていた。
皆は自分の力でプレートを所持しているが自分はどうだろうか。
今回も結局ラッキーに過ぎない。
そう思っていたのをクラピカは察したのか「もちゃんと持ってるから安心して欲しい」とキルアとゴンに伝えた。

「凄いじゃん!!! オレ……の分もって思ってたんだけど……ターゲットのヒソカからプレートを奪うので精一杯だったんだ。でもほら! ちゃんと取ったよ!!!」
「す、凄いねゴン君!!!」
「オレも探したけど、見つからなかった」
「プレートもあることだし、そろそろ行こうぜ! 俺は早くちゃんとした飯が食いてぇよ!」

レオリオはお腹を摩りながらさっさと船へと向かってしまった。
その後ろ姿を見て「我々も行こう」とクラピカに促されて船に向かう事にしたが、得体の知れない感覚には立ち止まった。

「ごめんなさい。すぐ行くので先に行っててください」
「……わかった。ほら、キルア、ゴン行こう」

状況を分かっていないゴンは首を傾げながらも「、後んでね!」と手を上げてクラピカと船へと乗り込んだ。
それを見ていたキルアだけは納得しなかったようで残っており、険しい顔をしながらを見つめていた。

「誰を待ってんだよ」
「待ってないよ。むしろあっちが待ってるの。だから、今だけは二人にしてくれないかな?」
「……絶対来いよ」

そう残してキルアは船へと乗り込んだ。
その姿を見送った後、は大きく息を吸いながら茂みの方へと目をやった。
開けた場所にも関わらず、そこだけがどうしても気になってしまった。
一歩を踏み出した所で木からだから誰かが落ちてきた。
綺麗に着地した人物を見ながらは「お待たせしました」と声をかける。

「やぁ。お姫様。考えはまとまったかな?」
「私、リタイアしません」
「ってことはこっちの業界に足を踏み入れる決心がついたんだ?」
「それも違います」

真っ直ぐに目の前に立つ男、ヒソカを見上げながらは胸を張った。

「今後の事はライセンスを取ってから決めます」
「……なるほどね。でも、君だって分かってるだろ? イルミの家系が何で生計を立ててるか、って」
「勿論です。だからって、暗殺だけが全てじゃないと思います」
「んー?」
「引かれたレールなんてまっぴらです。違う道も、イルミさんにも私にも、家族の皆さんにも、あるはずです!」

それしか道が無いと思ったら本当にそれしか道が無くなってしまう。
声高々にそう言うと、ヒソカはクスクスと笑い出した。

「代々暗殺でなりたってるのに? ってば本当に、面白い子だね」
「……そ、それは、どうも?」
「うん。良いんじゃない? その道も、間違いでは無いしね。けど、イルミの隣に立つのは簡単な事じゃないよ、お姫様」

軽く頭を撫でられた後、ヒソカは鼻歌を歌いながら船へと向かっていく。
その後ろに振り返っては言った。

「あの! イルミさんには、何も言わないでください! 自分で、言いますから!」

ヒソカはその投げかけに答える代わりに軽く手を上げた。
これで良い。
ちゃんと試験で対面する前にちゃんと言えば良い。
最終試験で自分の力を出して、それがダメだったら次を考えれば良い。
前向きな気持ちでも船へと向かった。


2022.04.17 UP