あなたの元に永久就職

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都会に行けば”ドマチックな恋愛”や”ゴージャスな生活”がおくれると誰かが言っていた。
そんな幻想に夢を見ながらテレビで”都会”が映るとはテレビにかじりつくように食い入って見つめた。
いつか自分も、この田舎町から抜け出してバリバリのキャリアウーマンになってやると幼いながらに憧れていた。
大自然に囲まれ、村人皆が顔見知りで家族みたいなプレイベートなんてあってないような環境も嫌いではなかったが、やはり漫画で見るような主人公になってみたいという思いは日に日に増していく。
膨れ上がった感情が爆発したのはが高校2年の時で、親に高校を卒業と同時に上京したい旨を伝えると当然の如く許しは貰えなかったが、も折れなかった。
強行手段という名の家出を決行しようとしたとき、両親に人生で一番かと思うぐらいの剣幕で怒られたがどうしても譲れず、2年間死に物狂いでバイトをして必死で貯めた貯金通帳を見せた20歳の時、漸く上京する許可を貰えた。
切符を握り締めながら”都会”という名の東京行きの新幹線に乗った時、窓から手を振る母親と顔を背けている父親を見ると目頭がつい熱くなったが精一杯の笑顔を見せながらは手を振り、始めて乗る新幹線と始めて降り立つ地に胸を馳せた。

しかし、現実というのはそう甘いものではない。
田舎から出てきたにとって始めての大都会、東京というのはあまりにも大きすぎた。
どこを見ても人ばかりで、皆忙しそうに感じた。
田舎では感じられなかった時間の流れには戸惑いが隠せなかったが、これから自分が生きていかなくてはならない地に降り立ったことの期待感の方がその時は勝った。

*****

新卒カードをフルに使うも結果は惨敗だった。
ただ真面目に、ただ素直に、面接官から聞かれる質問に答えているのにも関わらず快い返事は貰えずにいた。
世の中は不景気だというが、東京ほどのビックシティにくれば仕事なんていくらでもあると思っていたが詰めが甘かった。
世間はどんな人材を求めているのかがさっぱり分からず、は膝を抱えながらベッドの上で丸くなった。

自分が想像していた東京生活はもっとキラキラしていたはず。
仕事や恋で毎日が輝いているオフィスレディを想像していたはず。
しかし今はどうだ。
近所にあるパン屋でのバイトしかない。

「あぁああああ……こんなんじゃ腐っちゃうよぉお……」

しかし嘆いたところで状況は変わらない。

「……バイト、増やさないと」

今までは就活があるからと3日程しかバイトには入っていなかったが、そろそろ本格的に金を稼ぐという生活をしないと実家に帰らなくてはならなくなる。
死に物狂いで貯めた貯金は引越し費用と家賃の敷金礼金・その他の家電を揃えたら半分が消し飛んだのは想定外だった。
田舎との物価の違いに最初はショックを受けたが、それでも何とかなるだろうと楽観的に考えていたツケが今ごろになって回ってきた。
上京祝いだと両親を始め、親戚達からお祝い金も貰ったが正直その残高を見るのが怖かった。
大きなため息をつきながらは実家の前で撮った家族の写真を見ながら目を瞑った。

*****

「てーんちょー! お願い! シフトもっと入れて!」
「おめぇ就活はどうした! 本気でやれ! 3ヶ月もプー太郎してっと親御さんが泣くぞ!」
「ほ、本気でやってますよ! 就活も大事だけど……大事なんですけど……今はお金の方がもっと大事なんですぅ! 死活問題なんですよぉ!」

アパートから徒歩5分ほどにあるパン屋はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、自宅から近いという理由で選んだ。
パン屋のオーナーはきっと優しくてイケメンと勝手な想像をしていたは面接の時に面食らった。
店の奥に通されると恰幅の良い中年男性が腕を組んで小さな椅子に座っていたのだ。
ガチガチに緊張しながらの面接で「最後に質問は?」と聞かれた時についは「前職はラーメン屋さんですか?」と聞いてしまい、その場を凍りつかせた。
当然落ちたと思い、他に近くでバイト先が無いか探していたところ携帯電話に採用の電話が来たことに何故採用されたのか自身謎でもしかしたら自分は騙されているのではないかと疑ったが、実際にはちゃんと採用されたようでしっかりと制服が用意されていた。
外見こそ怖いが、優しいところもあると知ったのは勤務して3日目にランドセルを背負った男の子に「どうせ捨てるもんだ」とパンの端切れを渡しているのを見た時だった。
端切れを渡した理由を聞けば、その小学生は貧困地区に住んでいる子で時々お腹を空かせて店に来るらしく、「目の前で死なれちゃ夢見が悪いだろ」というもので東京にて初めて”温もり”を感じた。

「私、いっぱい働きますから! だからもし私が……」
「ウチには正社員制度はねぇぞ」
「朝の仕込みから手伝いますよ! なんなら看板娘として……」
「馬鹿なこと言ってねぇでさっさと店を開けろ!」
「はーい!」

焼きたてのパン達に囲まれながらは開店前の最終チェックを終えると、ドアにかかるプレートを反転させた。
朝は通学や通勤前の客が多く、昼のピークに備えるために11時頃にもう一人のバイトが入ってくる。
どこからともなく現れる人に流石東京だと驚いていたが今は慣れたもので、この忙しさが心地良かった。

見た目はアレだが、店長の作るパンは優しい味がした。
朝早くから起きて一生懸命作業をする店長のパンが売れ残るのは見たく無い。
の中で勝手にノルマを作り、日々完売を目指していつしか昼ピーク時の焼きたてのパンを宣伝するようになった。

「今日はこの特製ピリ辛カレーパン! 揚げたて作りたて愛込めたてで登場ですよー!」

店内でパン選びに迷っている女性社員達に声をかけたり、一見さんに勧めてみたりとそして、レジへの整列や誘導をしたりと店内を忙しなく動き回った。
今日も全てのパンが売れるようにと笑顔を振りまきながらパンの紹介をしていると後ろから不意に声をかけられる。

「そのカレーパン、まだ残っているようでしたら一つ頂けますか」
「あ、はーい! 揚げたてのカレーパンですねー!」

バスケットを抱えたままが振り返ると目が点になった。
否、瞬時にハートになった。

「あ、揚げたての……愛、で、す……」
「いえ、私が欲しいのは揚げたてのカレーパンです」

これが、就職難民のと一級呪術師として活躍する七海健人との初めての出会いだった。


2020.12.16 UP
2021.10.27 加筆修正