コスプレでロン!
終局
コスプレをしながらの接客に慣れてしまったせいか、もうどんなコスチュームが着ても驚かないは出勤してから今日が木曜日であると知ってもさほど驚かないでいた。
「はぁい」
「おはようございますマミさん」
カウンターに頬杖をつきながらマスターと話していたマミさんがに軽く手を振る。
ぺこりと小さく頭を下げたは挨拶を終えてから「今日はどんな服ですか?」と問うと北乃は口元に笑みを浮かべた。
「ないわ」
「そうですかない……ですか?」
「そうよ。今日はなし」
予想外の事に開いた口がふさがらないでいるに北乃は指をさした。
「今日は私服でやりなさい」
「え……私服? 私服……ですか?」
改めては自分の格好を見つめた。
黒いポロシャツにデニムのスカートという、なんとも普通な格好。
今までの過激なコスチュームと比べると、どうにも地味。
本当にこれでいいのだろうか。
そういう思いが顔に出ていたのか北乃は「フレッシュな感じが出てて良いじゃない!」と腕を組む。
キッチンから顔を出したマスターは挨拶の言葉をかけたあとに「うん。
私服も良いんじゃないかな」と笑った。
結局その日は私服での仕事になるようで、それはそれで恥ずかしくもないし、着替える手間も省けるためとしてはありがたかった。
*****
マスターが外に店の看板を出して30分ほどしてお客が来店するようになった。
常連客以外の新規客は風の噂で聞いたのコスプレ姿に期待して来店したようだったが、今日に限っては普通の私服で接客しているに”なんか違う”という表情を隠せないでいた。
「やっぱりね。今日は私服にして正解だったわ」
その光景を見ていた北乃はため息をつきながらソファに背中を預け、両隣の男を見た。
珍しく早い時間にやってきた竜と雨宮。
「見なさいよ。あそこの大学生っぽい坊やの顔。あれは明らかにのコスプレ姿を狙ってきた感じね」
「なるほど。今日は水曜日ってことか。どうりで見慣れない客ばかりだと思ったぞ」
「実はね。巷で”ここの店員は下着で接客してくれる”って噂されてるみたいなの」
「な、なんだと!? がし、し、し、下着ぃい!?」
大きなため息をつく北乃に怒鳴りつけるように叫び、立ち上がった雨宮の目が大きく見開かれる。
店内の客も雨宮の方へと注目し、話の主人公であるに至っては呆然としていた。
「うるさい……」
「竜! 何故貴様はそうも冷静にしていられるんだ!」
足を組みながら煙草を吸う竜、迫る雨宮の目は血走っていた。
「が! 野蛮な輩に! 変な色目で見られているんだぞ!」
「落ち着きなさいよ雨宮。だからこうして毎回私が見張ってるんじゃない」
Yシャツの裾を数回引っ張り、興奮している雨宮をソファに一度座らせる。
苛立ちが治らないのか左足が小刻みに上下に揺れている。
「許さん。俺は絶対に許さん。どこの馬の骨かもわからない男にが視姦されるなんぞ許さんぞ」
「視姦ってあんたねぇ……」
呆れて言葉も出ない北乃に対し竜が一言「それでどうするつもりだ」と問う。
普段は聞き専に徹している竜が珍しく会話に入ってきたことに二人は驚き、雨宮も同調するように「そうだ! どうするんだ!」と北乃に詰め寄る。
「どうするって……コスプレデーはもうやめた方がお店のためであるし、のためかもって思ってるわ」
すなわち常時いつものバイト着で接客をする日常に戻そうということらしい。
いつも強気で、前向きな彼女に対してはネガティブな意見。
それは、それだけのことを心配している証拠だった。
長い睫毛で縁取られる目がゆっくりと伏せられ、北乃の口から大きなため息が漏れた。
「さ。私からの愚痴は以上よ。さっさと打ってきなさいよ」
北乃は二人の肩を軽く叩いた。
*****
お店の閉店作業をしている時、北乃はに「ちょっと良い?」と声をかけた。
「どうしたんですか?」
「……来週からは通常通りで良いわ」
「え? 通常通りって……いつものバイト着……ってことですか?」
首を傾げるに北乃はゆっくりと頷き、ことの経緯を話した。
北乃の言葉をまっすぐに受け止めながら一つ一つ頷きながらは聞いていた。
これ以上店のマイナスなイメージがつくことは避けたいのと、が今後変な男に絡まれてしまう可能性のこと。
これを避けるにはコスプレデーを撤回することが一番の解決策であること。
それを聞いたは少し考えた後に口をゆっくりと開いた。
「正直、最初はすごく恥ずかしかったし嫌でした。でも、ここ数ヶ月でいろんなお客さんと出会えました。次第に楽しくなってきて、今では今日はどんなお洋服なのかなってちょっと楽しみにしていたりしました」
恥ずかしそうに言うに北乃は驚いた。
「お店にマイナスのイメージがつくのは困るけど、節度を持ったお洋服なら変な噂もたたないと思うので……私はこれからもマミさんに頂いた衣装を順番にまた水曜日に着ようと思っています」
「で、でももし変な男共に絡まれでもしたら……」
「大丈夫ですよ。うちには最強のボディーガードマンたちがいるじゃないですか」
ウィンクを飛ばすに北乃が「誰かいたかしら?」と怪訝な表情を浮かべた。
「竜、雨宮さん、テツさん、マスター……それとマミさんです。私はみんなに守られているって思ってるから……どんなお洋服でも私は着れますよ!」
「でも……」
「だから、またいろいろ持ってきてください! 私、皆が喜んでくれるならなんでも着ますから」
は北乃に屈託のない笑顔を見せた。
その笑顔を見た瞬間、北乃は体から変な緊張が抜けていくのを感じた。
「まったく」と困ったように笑いながらの頭に手を置いた。
柔らかい髪の毛がツルツルして心地がよかった。
「それじゃぁ……」
「はい?」
「来週はとびきり良いのを持ってくるわ!」
「はい! 楽しみにしています!」
サービス精神旺盛で、店のことも、客のことも、仲間のことも全て大事で、そのためならなんでもするという精神に北乃はの強さを感じ、来週のコスチュームを調達するために店を出て行った。