哭きの女子会

7回目

「居酒屋ってこんな感じなんですね!」
ちゃん興奮しすぎよ」
「みゆきさんだってさっきからずっとメニュー見てますよね!」
「私も何だかんだ言って居酒屋って初めてなの」

は目を輝かせながら店内をキョロキョロし、運ばれてきたカルピスソーダーのグラスに口をつけた。
豊富なメニューとこれまでの女子会との金額の差にみゆきは関心ながら「これとか食べてみたいですね」と店オリジナルの名前が付いているつまみの名前を指で撫でる。
女子会の会場はいつも独断と偏見で北乃が選ぶ店に決まるが、たまには行ったことのないジャンルの店に行きたいということで今回は地元で人気な小さな居酒屋になった。
銘酒が棚に並び、スーツ姿の客が多い店内で3人の姿は異様に目立っていた。

「ったく、居酒屋なんて何年ぶりかしら」
「マミさんは高級店しか行かないイメージです」
「高級店しか行かないもの」
「……ですよねー」

運ばれてきたもつ煮を3人で覗き込みながら「これが、噂のもつ煮ですか……」とが零す。
周りがこぞって注文するので達もそれに従って注文をしたが、いざ運ばれてきた物を見ると未知の物を見るような目に変わる。

「待って下さい。そもそも”もつ”って何ですか?」
「……確か、内蔵の事を総して言った気がするけど……」
「どうせ動物の何処かよ」
「マミさんざっくりしすぎです!」

各々は箸を持ち、いざ実食。
初めての味と独特な歯ごたえには「美味しい!」と目を輝かせた。
みゆきも味わいながら「味付け良いですねぇ」 と笑う。

「悪くないけど、ローストビーフの方が私は好きだわ」
「マミさんは高級舌すぎるんです。今日は思い切って庶民になりましょう!」
「ま、それもたまには良いかもしれないわね」

賑わう店内に徐々に溶け込みだした達の隣の席に一人の男性客が座った。
開いてもビジネスバックを持っていたが、鞄をしまうボックスを探しているように見えた。
ふとが視線を落とすと、みゆきと北乃の鞄を入れていたボックスが目に入る。

「ねぇねぇみゆきさん、マミさん。そっちに空いてるボックスある?」
「ボックス?」
「あるわよ。それがどうかしたのか?」
「これ、そっちに移動できませんか?」

はボックスからみゆきと北乃の鞄を取り、それをみゆきに手渡した。
空になったボックスを男の席に寄せながらは「すみません。私達で使ってたみたいです」と謝ると、男は「そやったんですか。わざわざすんません」と逆に謝られた。

「そう言えば貴方、最近変な練習をしてるみたいじゃない」
「変な練習? 別に何もしてませんけど……」
「マスターが話してたわよ。最近ちゃんが盲牌の練習してるって。打てない人間がそんな練習してどうするのよ」

日頃飲む女子会の酒よりもだいぶリーズナブルな酒を北乃は口に運んだ。

「あのぉ……盲牌って何ですか?」
「指の感覚だけで牌を当てる格好良い技ですよ!」
「格好良いのかしら? 牌なんて触ってれば自然と分かるようになるものよ」
「出来ない人間からすれば格好良いんですよ! だから私も練習してるんです!」

は膝の上に乗せていた鞄の中から巾着袋を取り出すとそれを振ってみせた。
中からはカチャカチャと聞き慣れた音がして、北乃は「まさかそれって……」と眉間に皺を寄せる。

「麻雀牌が入っています! ちなみに練習中なので萬子しか入ってません」

は袋に手を入れて、「うーん」と唸りながら手を引き抜いた。

「これは……二萬!」

テーブルに転がした牌は伍萬だった。

「……かすりもしてないわね」
「お、おかしいなぁ……この前は出来たのに」
「貸しなさい」

北乃は小さく笑いながら袋に手を入れ、小さく「八萬ね」と手を引き抜いてテーブルに牌を転がした。
八の次が綺麗に刻まれた牌にとみゆきは小さく「おぉお!」と声を上げた。
雀士なら出来て当たり前の事であることを北乃は呆れながら教えると、が「も、もう一回!」と北乃にせがむ。
みゆきも是非見たいと言い出し、気分をよくした北乃はもう一度袋に手を入れた。

「一萬と九萬」

二枚同時に転がした北乃には拍手すると隣の男がクスクス笑っていた。
それに気がついたは小さく「あ、煩くてごめんなさい」と謝ると男は小さく手を上げながら「こちらこそ、笑ってすみません」と微笑む。

「お姉様方が見た目には似合わへん話しをしててつい」

男は首を傾げながら「麻雀、打たれるんですか?」とに尋ねる。
その言葉に一瞬北乃の眉が動く。

「するっていうか、働いてるって感じですけど」
「へぇ。ほなこの辺の雀荘とかですか?」
「あ、はい! すぐそこです!」
。不用意に男をたぶらかすんじゃないわ」
「た、たぶらかしてませんよ!」
「そうよ、ちゃん。あの人の機嫌がまた悪くなるわ」
「みゆきさんまで!?」

3人のやりとりを見ながら男は運ばれてきたジョッキを持ち、「自分も少し触るんで今度お邪魔しに行きますわ」とにウィンクを飛ばす。
新しい顧客ゲットの匂いを嗅ぎつけたは店の場所や雰囲気を男に話した。
その様子を北乃は面白くなさそうに見ているとみゆきが小声で「どうしたんですか?」と尋ねる。

「いや、まさかなって」
「まさかって?」
「いいえ、何でも無いわ」

グラスの酒を煽り、空になったグラスを北乃は静かにテーブルに置いた。

「その盲牌、自分もやってみてええですか?」
「え? 出来るんですか?」
「あんま正確ちゃいますけど」

は袋を男に手渡すが、男は受け取らずに首を横に小さく振った。

「中に残ってはるんは6枚やから確率的に言って当たる方が高いですね。全部入れて貰ってええですか?」
「わ、分かりました」

とみゆきが期待の眼差しで見つめる中、北乃は面白くなさそうにテーブルに頬杖をついて見ていた。
男は「いやぁ久しぶりっすわぁ」と笑いながら袋の中に手を入れて動かす。
何かを掴んだ男はゆっくりと袋から手を引き抜くと「手始めに七萬」と不敵な笑みを零す。
テーブルに転がった牌は七萬では「わー! 本当に七萬だ!!」と転がった牌を手にとって何度も指で撫でる。
その後も男は3枚ほど連続で図柄を言い当て、は興奮していた。
しかし、4枚目を晒したところで男は間違えた。

「あちゃー。まぁ自分はアマチュアなんでこんなもんっすわ」
「いやいやいや! 十分凄いですよ!!!」
「やっぱり麻雀を打たれる方はこういう事が出来る人……多いんでしょうか」
「……今の、わざとじゃないかしら?」

北乃の言葉にの表情が固まり、みゆきは「あら? そうなんですか?」と首を傾げると男の携帯がタイミングよく鳴る。
男は否定も肯定もせずに笑顔を貼り付けたまま「ちょっと失礼しますね」と携帯電話を手に取った。
耳に押し当てた後、すぐに一言「ほな、今から行きますわ」とだけ言って切ると、ジョッキの中のビールを一気に飲み干した。

「いやぁ楽しい時間でしたわ」

男は3人の視線を受けながらビジネスバックを持ち、席から立つ。

「裏のプロと”哭きの竜”っちゅー男の女と小猫ちゃんに会えて」
「え?」
「は!? 小猫!?」
「……やっぱり貴方、関西で代打ちしてた大泉ね?」

みゆきとが驚く中、北乃だけは冷静に返すと男は「もう名前覚えてくれはったんですか? 嬉しいわぁ」とわざとらしく喜んだ。
は不敵な笑みを見せる大泉と険しい表情をしている北乃を交互に見ながら、「え? お知り合いですか?」と両方を指差す。

「ちゃうちゃう。今日が初対面や」
「さっさと行きなさいよ。代打ちは呼ばれたらすぐ行くものよ? それとも関西では違うのかしら」
「ヒーローは遅れて登場した方が場は盛り上がるやろ?」
「……減らず口の男ね。そんなんじゃ東京ではモテないわよ」
「忠告おおきに。生憎女性には困ってへんから。ほなね、子猫ちゃん。また雀荘で」

大泉は手をひらひらと振りながら席を離れ、はその後姿を見ながら「世間って、狭いですね……」と何故か関心していた。
重たいため息を吐きながら北乃はを睨む。

「何で貴方っていつも厄介な男に目を付けられるのかしら……」
「はぁ……またあの人が不機嫌になるわ」
「そ、そんなことない……思うんですけど……っていうか、どっちかというか狙われるのはマミさんですよ!」
「どう思うみゆき?」
「無自覚って罪だと思います」

北乃とみゆきが苦笑いを浮かべたところで大量に頼んだ料理が運ばれてきた。
説教を含んだ女子会の始まり始まり。


2021.02.21 UP
2021.08.23 加筆修正