哭きの女子会

6回目

「ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いかしら?」
「え? 改まってなんですか……?」

北乃はワイングラスを揺らしながら険しい顔でを見ていた。
そんな顔をされる事に心当たりが無いは首を傾げながらウーロン茶を一口飲んだ。
恒例となっている北乃、みゆきそしての集まりである女子会はいつも楽しい話で持ちきりなのだが時々こうして尋問のような時間がやってくることがある。

「この前の日曜日、何していたの?」
「何って……バイト?」
「その後よ」
「その後って……」
「やだ……ちゃん何かに巻き込まれちゃったの?」

ローストビースを頬張りながらみゆきが心配そうな顔でと北乃を交互に見る。
日曜日と言えばバイトをしていたがこれと言って変わった事は何も無い。
いつも通りのマスターと、いつも通りのテツと、いつも通り賑わう店で忙しかったのは覚えている。
その後と言えば、珍しく竜が店に電話をしてきたと思えば「煙草」と「新宿三丁目の賭場」だけ言われ、バイト帰りに煙草を買って指定された賭場に渡しに行った事ぐらいしか思い当たらない。

「あの日は竜のお使いを届けて帰りましたよ?」
「賭場に入ったそうじゃない」
「え!? ちゃん……まさか知らない男の人に絡まれたりしたんじゃ!?」
「入ったって言っても私はただ煙草を竜に届けただけですよ」

いつもなら外で渡すが、対局中という事もありその時は珍しく中に入れてもらえた。
竜の名前を出したらすぐに入れてもらえた事から考えるに事前に竜の根回しがあった事を思うとその辺はしっかりしているよなと感心してしまった。
勝負のピリついた空間は苦手だったが、頼まれた物を渡すだけならと思い下っ端に案内され、竜にさっさと煙草を渡すと帰った。
北乃やみゆきが心配するような事は何一つ起こっていない。
一体何を心配しているのか見当もつかず、は首を傾げながら「本当に何もなかったですよ?」とローストビースを切り分けた。

「貴女、竜に煙草を投げつけたらしいじゃない」
「……そんな事、したかなぁ?」

美味しそうな肉を口に運びながらは目を瞑った。
そんな事をしたような、していないような。
曖昧な記憶を探るように「うーん……」と唸ると北乃は小さくため息を零した。

「”お礼ぐらい言いなさいよ!”ってあの哭きの竜に煙草を投げつけた女は何なんだって探りが私のところに来たんだけど?」
「マミさんは情報通ですからね。でもちゃん……本当にあの人にそんな事言ったの?」
「うっ……言ったような気がしないでも、無いです」

ぼやけていた記憶が徐々に鮮明になってくる。
確かあの時、買ってきた煙草を竜に見せると「ん」しか返ってこず、その態度に対して何かを言ったような気がした。
その帰り際に「次言わなかったら二度と買って来ないからね!」と吐き捨てて若干引き気味の舎弟を押しのけて帰ったのは思い出せた。
しかしその場に居た人間の事などいちいち覚えているわけがなく、は「いつものコミュニケーションみたいなもんですよ」と肉を飲み込んだ。

「あの人はすぐちゃんに甘えるから……」
「無くなるの分かってるなら自分で買っておけって話ですよ。賭場に入れたのだって、最近甲斐さんが私に変なあだ名つけるからそっち側の人間と思われてるみたいで……最近だと怖いおっちゃん達に”竜の猫”って呼ばれるんですよ? 酷くないですか? どっちかって言ったら猫は竜の方ですよ」
「そうねぇ。あの人は気まぐれに帰ってきて、気まぐれに出て行っちゃうから……言われてみれば猫っぽい気が」
「はぁ……二人は雀士としての”哭きの竜”を知らなすぎるわ」

首を横に小さく振る北乃はワイングラスの中身を一気に飲み干した。
裏の世界に籍を置く雀士ならその名前を知らない者はない程の有名人で、全く読めない打ち筋や閃光が走るような哭きを見るとその魅力に取り憑かれるらしい。
次はどんな手で上がるのか。
それを見たくて、感じたくて、竜という男との勝負を求める雀士は多い。

「そんな訳で、貴女と竜のやり取りを見て貴女を紹介しろってしつこい男が一人居るのよ」

必要以上話さない男が唯一話す人間に興味を持つのは人として自然な事で、ましてやあの竜に煙草の箱を投げつける人物はどんな人間でどんな関係なのか知りたくなるのは仕方が無い。
それがこの東京というテリトリーとは違うところから来た者であれば尚更の事。

「はぁ……世の中には物好きが多いんですね」
「紹介って……駄目よマミさん! ちゃんは!」
「分かってるわよ。いくら私でも友人を売るような真似はしないわ」
「友人……良い響きですね|」
「やっぱり私も”竜の猫”って呼ぼうかしら」
「マミさんイジワルしないでくださいよぉ! 友人で良いじゃないですかぁ!」

テーブルに突っ伏して泣き真似をするを見ながら食器を下げに来たウェイターが困惑の表情を浮かべる。
「気にしないで。発作みたいなものだから」と北乃が言うとは「酷い……」と一言呟いた。
しょんぼりしているにみゆきは笑いながら「マミさんがちゃんをからかうのも発作みたいなものよ」と耳打ちすると、それが聞こえていたのか北乃は「みゆき! 余計な事言わないでちょうだい!」と扇子を広げて口元を隠した。

「兎に角コテコテな関西弁を喋るリーマンには気をつけるのよ?」
「……あぃ……」
ちゃんのファンが増えるのは喜しいけど、仲良くなる時はちゃんと一線を引かないと駄目よ?」
「……あぃ……」
「……あぁもう! あぁいう男は何するか分からないから友人として心配してるのよ!」

北乃の”友人”という言葉にの肩がピクリと動く。
少しだけ顔を上げたは北乃を見ながら「私は、マミさんの友人ですか?」と問う。
目をうるうるさせて見つめるその姿はまるで小型犬のようで、結局折れたのは北乃の方だった。

「えぇそうよ。貴女は友人よ友人」
「……友人! そうですよね! 私はマミさんの友人です!」

先ほどの悲しそうな表情を一転させて上機嫌の笑顔を見せる。
すっかり機嫌が直ったを見ながら北乃とみゆきは顔を見合わせて笑った。

さぁ、今日も楽しい女子会の始まり始まり。


2021.01.01 UP
2021.08.23 加筆修正