パラダイムシフト・ラブ

10

家に着いてまず行ったのは洋服類のタグを切ることと、イルミの洋服を収納しておく場所を確保することだった。
イルミはソファに座りながら淡々とした表情でハサミを使ってタグを切り、その横では家具の位置を少し変更して布製のラックを組み立てていた。
2段式の小さなものを二つ買い、そこにシャツやズボンなどを入れることを提案し、タグを切り終えたら畳んで仕舞うように言った。
言われた通りにイルミは衣類を仕舞うが、乱雑すぎて結局が代わりに片付ける。

「イルミさんは片付けとかしないんですか?」
「執事がするから、オレがするわけないじゃん」
「そんな自信満々に言わなくても……」

はイルミとの生活水準が違いすぎて思わず苦笑いを浮かべた。
ある程度片付いたところでは夕飯を作り始め、イルミはソファに座ってコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
まだ1日しか経過していないのにすっかり部屋に馴染んでいるその姿を見ながら買ってきた物で簡単に仕上げた。
途中でイルミをキッチンへ呼び、食器類の場所を教え、皿やスプーンを取ってもらう。
なんでも執事任せだった生活のため、最初は嫌がるかと思ったがその予想とは反してイルミは淡々と指示した場所から食器を取り出してくれた。
なんとなく、の中でイルミという人は理不尽なこと以外は動いてくれる人なのかもしれないと感じた。

「ありがとうございます」
も執事を雇えば良いのに。楽だよ」
「そんな余裕は我が家にはありません」

思わず言ってしまった”我が家”という言葉。
気がつかないうちにの中でイルミを受け入れている事に気がついて慌てて言葉を続けた。

「今日は簡単な物ですみません」
「食べれるなら何でも良いよ。好き嫌いとかないし」
「そうなんですね。作るのが楽で助かります」

二人で食器を部屋へと運び、イルミはソファへと腰を降ろし、はクッションの上に腰を降ろした。
自然の流れでこうなってしまったが、何故家主である自分がイルミより下に座らなければならないのか。
腑に落ちない部分はあったが何かを言って何かされるのが怖くて気にしないことにした。

「えっと、ちょっと気になる事を聞いても良いですか?」
「良いよ。何?」
「イルミさんは……彼女とか、居ないんですか?」
「居ない」
「え」
「居たらこんな面倒臭い事に巻き込まれないよ」

予想外なイルミの言葉には固まった。
高身長で独特な目はしているが整っている顔に意外に筋肉質な身体は世の女子達が放っておかないだろうと思っていたはポカンと口を開けたままイルミを見上げる。
その視線を煙たそうに少し目を細め、イルミは「何」と声のトーンを少しだけ低くして言う。

「いや、だって、イルミさんに限って……まさか。そんなはずないですよね?」
「居ないよ。居ても仕事の邪魔になるだけだし」
「邪魔……ですか」
「暗殺に理解がある奴なら良いけどそういう女はなかなか居ないから」

確かにそうだ、とは思った。
でも、そういう世界にも女性は居るのではないだろうか。
自分とかけ離れた世界で生きているイルミに少しずつ興味が湧いてきた。

「女性の殺し屋さんとかは居ないんですか?」
「居ないわけじゃないけど、そういう目では見たことないね。どうしても同業者って思う」
「なんだか勿体無いですね。イルミさんぐらいの容姿なら女性が放っておかないもんだと思いました」
「どうだろう。今までそんな経験ないけど、なら放っておかないの?」
「わ、私ですか?! 私は……別に……あ……もしかして、イルミさんって女性に興味ないタイプですか?」
「何それ。恋愛とか興味ないって意味なんだけど違う意味で捉えてるなら刺すよ?」
「じょ、冗談ですよ! 冗談! すぐその物騒な針出すのやめましょう!?」

イルミがおもむろにズボンのポケットの中から針を取り出すものだからは慌てて静止させた。
迂闊に冗談も言えないと感じたは話題を変えるために違い話題を振ってみた。

「でも、お友達は居るんですよね。えっと、ヒソカさん……でしたっけ?」
「友達じゃなくて仕事仲間。あんなのと友達とかごめんだよ」
「イルミさんは兄弟とか居るんですか?」
「うん。下に4人」
「イルミさんは長男ですか?」
「そうだね。後継者として育ててる弟が居るんだけど、ちょっと手こずってる」

何かを思い出しているのかイルミはポツリポツリと話してくれたが、出てくる言葉は聞いていて胸が苦しくなるものだった。
イルミの家業の後継者は何も長男とは決まっている訳ではなく、才能を持ったものが継ぐことになっているらしい。
生まれた時から暗殺者とての教育を受け、それが全てと教え込まれる生活を強いられているという。
家のルールから外れようものなら監視下に置かれ、自由は無くなり、立派な暗殺者として育てられる。
拷問はもちろん、毒への耐性をつけさせられて一般人が楽しむようなことは何一つしてこなかったことを聞いては悲しくなった。

「イルミさんも、大変なんですね」
「まぁ仕方ないことだから」

は家の事情を”仕方ないこと”で片付けられるイルミを凄いと思った。
もし自分がその生活を強いられたらと思うと、とてもではないが身も心も持たないと感じた。
どれだけ過酷だったかは本人にしか分からないが、なんて寂しい生活を送ってきたのだろうと悲しくなった。
本当に暗殺のことしか知らず、一般的な一般人の生活を知らないイルミを不憫に思い、は目を伏せるとふにイルミが口を開いた。

「そういうには居るの?」
「何がですか?」
「彼氏? 恋人? なんかそんな類いの奴」

その言葉に胸が痛んだ。
居るには居るが、胸を張って居るとは言えない今の関係には眉を寄せた。
そんなの様子を見てイルミはただ一言「あ、居るんだ」と零した。


2019.11.21 UP
2020.06.02 加筆修正
2021.07.22 加筆修正