パラダイムシフト・ラブ

13

真っ暗だった世界に光が差し込み自然と目が覚め、ゆっくりと体を起こすと首筋に渋い痛みが走った。
枕元に置かれたスマホは11時を指しており、今日が土曜で会社が休みなことにほっとしながら痛む首筋に手を当てながらキッチンの方へと顔を向けた。
キッチンの前に立つイルミが見え、その姿をぼんやりと見つめた。
最後に覚えているのは絡んできた男とその男を殺そうとしていたイルミの姿。
その後から全く記憶がない。
困惑しているとマグカップを片手にイルミがキッチンから戻ってきた。
状況を把握出来ていないにイルミは「飲む?」と聞いてきた。

「あ、えっとあの……それより私、どうやって家に……?」
「オレが気絶させて運んだ」

その言葉を聞いて聞きたい事が沢山思い浮かんだが、怖くて喉から声が出なかった。
何故気絶させられたのか。
何故イルミは戻ってきたのか。
あの男はどうなったのか。
複雑な表情をするを横目にイルミはソファに腰掛けるとに向き直った。

「あの男なら殺してないから」
「え? あ、本当、ですか? なら……どうなったんですか?」
「止められたから生きてるんじゃない?」
「……止められたって、誰にですか?」
「さぁね」

果たして本当なのだろうか。
とてもじゃないがあの状態のイルミから逃げられるとは思えなかったが、そんなことはニュースを見れば分かること。
自分の家の近くで事件があればニュースで流れ、それを見た家族や友人から連絡があるだろうが、生憎スマートフォンの通知はアプリの更新お知らせ以外は何も無かった。

「本当に、殺してない……んですか?」
「本当。嘘言ってどうするのさ」
「それは……そうですけど……」

それ以上言葉が続かなかった。
は毛布を退けると正座し、俯いた。
「何?」といつもの調子で言うイルミは定位置として気に入っているのかソファに座って長い足を組む。
元はと言えばイルミの突然の行動が原因ではあるが、それでも追いかけ、結果的に絡まれていたところを助けてもらったことには間違いない。
は俯きながら「えっと」と言葉を探す。
口の中がだんだん乾き始め、は硬く目を瞑りながら勢い良く言った。

「……その、助けてくれて……ありがとうございました!」

の声が部屋に響くが、相手からは反応がない。
恐る恐る顔を上げるとイルミは首を傾げなら真っ直ぐにを見ていた。

「何が?」
「絡まれていたの……助けてくれたじゃないですか」
「別に。が死んだらオレも死ぬんだから危険を回避しただけに過ぎない」
「でも……イルミさん……殺さなかった……んですよね」
「今思えば殺しておけば良かったと思うけど。で、何で探しに来たの?」

確信を突くような言葉には「それは」と言葉を探した。
黙っているにイルミはカップを静かにテーブルに置いた。

「追い出したんなら放っとおけば良いのに」
「イルミさんのことが……ちょっとだけ……気になって」
「追い出された腹いせにオレが誰かを殺してるとでも思った?」
「ちがっ……えっと、イルミさん……大丈夫かなって……」
「大丈夫って何が?」

イルミからの質問責めに答えが追いつかず、しどろもどろになるをイルミは急かす事なく待ってくれる。
何とか言葉を繋ごうとするがその言葉は全て「えっと」や「その」でなかなか具現化されない。
それでもやっと出てきた言葉はあまりにも不安定な言葉だった。

「自分でも分かりませんけど、気になったんです。住むところとか、ご飯とか、もそうですけど……その指輪のルールが本当だったら、私達99日後に死ぬのかなって」
「念だから死ぬと思うよ」
「それで……怖くなったのと……あとは、単純にイルミさんが……心配で……」
「ふーん。オレが心配なんだ」
「そ、そう、です。暮らしてた国とは全然違う土地で、私だったら、一人ぼっちはその……寂しいかな、と」
「寂しいとか全然ないけど、まぁ賭けだったかな」

顔を上げるとイルミはほんの少しだけ間を開けて口を開いた。

「生き残るにはオレ達が協力しないと助からないって気がつくかどうか」
「なら……最初から私を試すために……」
「簡単に言えばそう。見ず知らずの他人同士なんだからこういう駆け引きも必要だろ?」
「だから……あんな素直に出て行ったんですね」
「本当に運命の人なら探しにくるだろうって。もし探しに来なかったらまた別の策を考えたけど、その必要は無くなった」

最初から試されていた事には驚き、ショックではあったがそのおかげでお互いが一緒に居ないと助かる道は無いという事と不思議な関係を受け入れなければならない事は理解出来た。
あとは覚悟をするだけ。
好きでもない相手とキスをしないといけない現実を受け入れる覚悟がには必要だった。
それはイルミも承知しているようで、行動を見透かすような瞳がを見つめる。

「オレを探しに来たってことは、覚悟は出来てるよね」
「か、覚悟、と言うのは?」

その覚悟の意味は頭で分かってはいても確認せずにはいられなかった。

「指輪を外す協力」
「……昨日よりかは……あ、あり、ます」

の答えにイルミは小さく頷きながら「もういっぱい飲もうかな」とソファから立ち上がった。
まだ1日と数時間しか一緒に時間を共有していないのにその後ろ姿を見ると何故か安心した。
出会いは最悪で、人としてどうかと思う性格をしているし、生まれも育ちも想像出来ないような世界で生きる人。
普通の人なら怪しむし放っておくのだろうが、にはどうにも見捨てることが出来なかった。
これも指輪が言う”運命の人”だからなのだろうか。
少しずつ存在を認め始めている自分に困惑しながらはベッドだから降りた。


2019.12.02 UP
2020.06.03 加筆修正
2021.07.22 加筆修正