パラダイムシフト・ラブ

15

指輪を外す協力をするとは言った手前、まさかからキスをしなくてはならない状況になってしまったことに身体から変な汗が出てくるのを感じた。
雰囲気もなく、ただただ相手はが動くのを待っている。
ゴクリと生唾を飲み込み、大きく開かれているイルミの目を見つめる。
お互い一言も交わさず、また動かずにいるとの頭の中でふと疑問がよぎる。
相手の開かれている目がとても気になった。
キスをする時って、普通は目を瞑るものではないだろうか。

「あ、あの……イルミさん」
「何。今更しないとかないから」
「いや、そうじゃないんですけど、えっと……目を……」
「目?」
「と、閉じてくれません、か?」
「何で」
「な、何で!?」

思わず大きな声が出てしまい、は慌てて口元を抑えた。
の突然出た大きな声に驚いたのかイルミは目を数回瞬きさせた後「今まで閉じたことないけど」と零した。
予想していなかったセリフには「ちょっと待ってください」と中断した。

「あの、する時って普通目は瞑るもんじゃないですか?」
「そうなの? オレはいつも見てるけど」
「は!? み、見てる!?」
「うん」
「だ、駄目ですよ! 見てるとか! は、恥ずかしいじゃないですか!」
「ならも開けてすれば良いじゃん」
「そ、そういう問題じゃないです! 雰囲気ってもんがあるじゃないですか! もう馬鹿なのぉ!」

まさかのイルミのカミングアウトには頭を抱えた。
変わってるとは思っていたがこういうところまで変わっているとは思っていなかった。

「ねぇ、早く」
「あ……は、はい」

返事はしたものの次をどう動けば良いのか分からなかった。
無駄に緊張してしまい、無意識に正座をすると生唾が喉を通った。
膝の上で作った握り拳に力が入り、少しだけ俯いた。
そのままイルミを盗み見ると先程言った事は学習していないようで大きな瞳がを見下ろしていた。
あくまでも自分のスタイルを貫き通すその姿勢には下唇を噛み締めた。

「あの、やっぱり閉じてください。気になります」
「別に減るもんじゃないし」
「いや、私の気持ちの問題です。お願いします」
「……しょうがないな」

イルミの言葉にはゆっくりと顔をあげると、イルミは小さくため息を吐きながら腕を組んだ。
そのまま正面を向いていた大きな瞳にゆっくりと瞼がかぶさる。
そしてふいっと顔を背けられた。
その行動には「え」と言葉を漏らした。
横に座って正座をしていたは少し前のめりになって「あの」と声をかけてみるがイルミからは反応がない。
見える横顔には冷や汗が出た。
これではまるで”自分で顔を自分の方に向かせてしろ”と言われているようだった。

「えっと、あの……」

少しだけ近づき、恐る恐るイルミの腕を叩いてみる。
それでも反応はなく、これから自分のする行動を想像して顔が赤くなるのが分かった。
勢い余って自分からキスをすることを承諾してしまったが、いざするとなると焦りが出てきた。
少なくとも今まで気持ちを知っている人としかそういう事をしたことが無いだけに、何の感情もない人とすることに抵抗があった。
息を大きく吸い込み、右手をイルミの肩に置き、震える左手でイルミの頬に触れた。
ゆっくりと力を入れると素直に整った顔がの方へと向く。
イルミは目は瞑っているが瞼を通して自分が見られているような気がしてならなかった。
整った顔に少し近づくと心臓が痛くなった。
本当にこれで良いのだろうか。
もし本当に、これでイルミが帰ってしまったら、納得出来るのだろうか。
意を決してゆっくりと顔近づけ、唇を一瞬だけ重ねた。

「……ど、ど、ど、どうですか!?」

本当に一瞬だけ重ねただけだった。
すぐにイルミから離れ、顔を両手で隠した。
早鐘で打つ心臓が痛すぎて、呼吸が苦しくなってきた。
指の間からイルミを見ると、そこにはちゃんとイルミが居てゆっくりとまた人を見透かす瞳が顔を出した。
その表情はどこか不満そうに見えた。

「どうってオレがまだ此処に居るって事はそういう事だろ」
「……ってことは……し、失敗……ですかね」
「まぁそうだと思う。次の策を考えないと」

イルミはため息をつきながらテーブルに置いたマグカップに手を伸ばし、ソファから離れた。
キッチンに向かうその後ろ姿を見ながらは考えた。
何故イルミは帰れなかったのか。
あのメモ書きには”運命の人からのキス”が重要で、確かにからしたはずなのにイルミはこの場に居る。
何か足りないものがあるのかもしれないが、それがなんなのかはまだ分からないが、現状ではただキスをすだけでは駄目だと言うことは分かった。


2019.12.05 UP
2020.06.03 加筆修正
2021.07.22 加筆修正