パラダイムシフト・ラブ

16

それとなく気まずい雰囲気が部屋に流れる。
あれから二人には会話は無かったが、昼時ということもありは作り置きしておいた肉じゃがの存在を思い出し、冷蔵庫から取り出すとそこで初めて「何それ」とイルミが口を開いた。
初めて見る食べ物にイルミは眉を少し寄せていたが、温め終わった後に嗅いだ匂いに満足したのか自分のスプーンとカップを持ってさっさと部屋へと戻ってしまった。
定位置として気に入っているのかソファに座り「まだ?」と子供のようなことを聞かれては苦笑いを浮かべた。
肉じゃがとサラダをテーブルに運ぶと我先にとスプーンを伸ばしたイルミの手をは軽く叩いた。

「……何?」
「もう少し待ってください」

不服そうな視線がを見つめる。
一瞬怯みそうになったがそれでもは「一緒に食べましょう」と言うとイルミは小さな声で「分かった」と答えた。
忙しなくキッチンと部屋を行き来し、二人分のお茶碗、カップと箸が揃ったところではゆっくりと腰を下ろした。
テレビをつけると最近のトレンドを紹介するエンタメ番組が流れ出した。

「お待たせしました」
「うん」

が手を合わせて”いただきます”を言う前に目の前を長い腕が通りすぎる。
興味があったのかスプーンは肉じゃがへ一直線へと向かい、ゴロゴロと転がる人参とジャガイモを掬いとる。
それをまじまじと見るだけでなかなか口に入れないイルミに対し「どうしたんですか?」と聞くとイルミはを見る。

「これは何?」
「肉じゃがですよ」
「にくじゃが。肉と芋ってこと?」
「まぁそうですけど。初めて食べますか?」
「うん」

今度は器の中にある人参を指差しながら「肉と芋料理なのに何で人参が必要なの?」と言いだすものだから思わず笑いそうになってしまった。
不思議そうに見つめている姿はまるで子供のように見えた。
まさかと思いは箸でじゃがいもを避け、プルプルと震えるしらたきを掴んでイルミに見せると見たこともないようなものを見るような目で大きな目をさらに大きく見開かせた。
どうやら、驚いているらしい。

「これはしらたきです」
「しらたき……聞いたことないね。食べれるの? それ」
「イルミさんの居た国にはないんですか?」
「そんな変なのないよ」

キッパリと言われてしまいは笑った。
予想していた通りの”外国人”な反応が新鮮で改めて本当にこの国の人では無いこと理解した。

「これ自体には味は無いんですが、味が染み込むと美味しいんですよ」
「ふーん。こっちの国の人間って変なの考えるんだね」
「こっちではこういう料理を家庭の味って言うんですよ。特に肉じゃがはそうですよ。一般的な家庭料理で家によって入れる食材も違えば味付けも違うんです」
「何それ。適当ってこと?」
「そういう意味じゃなくて……お母さんの味って言うんですかね。とにかくまぁ食べてみてください」

イルミはしばらく見つめた後、が食べるのを見て同じように口に含んだ。
寝かせておいたおかげか口に含むと醤油とみりんの甘辛い味が広がった。
味の染み込んだジャガイモは柔らかく、まるで溶けるように砕け、一瞬にして舌が白米を欲した。
我ながら上手に出来たと思い、初めて食する料理の感想が聞きたくてイルミに「どうです?」と聞けば「悪くないよ」と少々ひねくれた言葉が返ってきた。
そこは素直に”美味しい”という言葉が欲しくて、の中で言わせたい欲が生まれる。

「イルミさんはストレートの球しか投げれないと思ってましたが、こういう時は変化球なんですね」
「別に悪くないんだから悪くないって言っただけだけど」
「そこは素直に”美味しい”とか言いましょうよ」
「考えとく」
「素直じゃないって言われません?」
「言われないね。オレの周りはもっと捻くれてる奴らが多いから」

どう攻めても今回は言わなさそうなので仕方なく諦めることにし、はイルミから視線を外してテレビを見た。
賑やかな都心で人気のカフェを紹介していた。
きっと私生活が充実している人達はこういう所に行って友達と楽しくお喋りをしたり、彼氏とデートをしているんだろうなと思った。
ちょうど先月、彼氏と人気のカフェにケーキを食べに行こうと話しをしていたが、結局その話が実現することはなかった。
それを思い出してしまいは肩を落としながら箸を進める。

二人の箸、一人はスプーンだが、止まったところでお茶を飲み、が食器類を片付けようと立ち上がった時だった。
イルミは小さく「ねぇ」と漏らす。
食器をまとめながら「何ですか?」と聞けばイルミは黙ったままだった。
言葉を詰まらせるイルミが珍しく、が首を傾げると一言「コーヒー淹れてよ」と言われた。
呼び止められたからには何かあるのかと思ったが、イルミは平常運転だった。
”私はお前の家政婦か!”とは思ったが口には出さず、その代わりに「はいはい」と答えてイルミに背を向けた。

「後さ、また作ってよ」

そんな言葉が聞こえた気がした。
驚いて振り返ると本人は何処吹く風で膝に頬杖をつきながらテレビを見ていた。
意地悪で「何か言いましたか?」と聞けば「何も」と返ってきた。
やっぱり素直じゃないと思いながらは食器類をキッチンへと運んだ。


2019.12.09 UP
2020.06.03 加筆修正
2021.07.22 加筆修正