パラダイムシフト・ラブ

31

「寝心地はどうですか?」と横向きになってはソファに寝そべるイルミを見ながら問いかけた。
何と無く気まずい雰囲気を打開したくては夕方に面倒臭がるイルミを引っ張って外に連れ出した。
出て行く相手のために今更枕を買いに行くのは無意味であるかもしれないが、心のどこかでは戻ってきてくれる事を信じていた。
実際それを使用してみると寝慣れないのかイルミは何度も枕の位置を変えていたのが目について我慢出来なくて聞いてしまった。

「なんか不思議」
「不思議って何がですか?」
「普段あんまり寝ないからいざ横になると落ち着かない」
「職業病みたいなところがあるんですかね?」
「そもそも夜はあんまり家に居る生活じゃなかったからね」

イルミの小さな溜息を聴きながらは目を瞑った。
もしかしたら昼夜逆転生活だったのであれば夜に寝るのは難しいのかもしれない。
それに関してはどうしてあげることも出来ないため、は話をすることにした。

「イルミさんは向こうの世界ってどんな世界なんですか?」
「どんなって言われてもなぁ」
「例えば……念能力を使う人ってどんな人達なんですか?」
「んー。良い奴も居ればオレみたいに殺し屋とかも居るよ」
「良い奴というのはどんな人なんですか?」

知らない世界の話を聞くのは面白かった。
遺跡発掘や保護のために活動する人も居れば、占い師として生計を立てる人もいるとか。
探偵みたいに情報提供を売りにする人も居れば、単純にその道に特化した格闘家も居たりだとか。
聞けば聞くほど今生きている世界とはかけ離れており、もし自分が念能力を持っていたら何に使っていたんだろうかとワクワクした。

「念って……誰でも使えるんですか?」
「訓練すればね。も使えるようになりたいの?」
「何に使うかとかは検討もつきませんが、使えるようになったら面白そうだなぁとは思いました」
「ふーん。教えられるけど……どうだろ」
「え!? わ、私でも出来るんですか!?」
「たぶん。でももしかしたら死ぬかも」

思わず起き上がり、イルミを見つめた。
確かに簡単には習得出来る代物ではないとは聞いていて思ったが、生死に関わる程難しいく辛い事だとは思っていなかったは「そんなに難しいんですか?」と聞いた。

「オレ教えたことないしそういうタイプの人間じゃないから危険なんだよね」
「危険……ですか?」
「基礎を理解させて才能を開花させる方法と無理やりこじ開ける方法があるんだけどオレはこじ開ける方法しか知らない」
「こ、こじ開けるってなんですか?」
「精孔?」
「しょうこう? 聞いた事ありませんが……それが開けば私にもそういう事が出来るんですか?」
「まぁそうだね。でも閉じないといけない。こじ開けることは出来るけど閉じるのは自分だから。開けっ放しにしておくと死ぬんじゃない?」

見よう見まねでイルミが以前やっていたように手を広げて目の前に水を張った丼をイメージしながらふわふわと手を揺らしてみた。
本当にそんな事が一般人に出来るとは思えないが、可能性はゼロではない話しを聞くとついやってみたくなった。
出来るように慣れば少しだけイルミに近づけるような気がしたのと、もし本当にイルミがこの世界から消えてしまったら、イルミが存在していたと証明出来る証拠がどうしても欲しいと思ってしまった。

「教えて、欲しい……です」
「何を?」
「念です!」
「……が死んだらオレも死ぬんだけど」
「し、死にません!」
「何でそんなこと言い切れるの?」

無機質な声が呆れているように聞こえた。
イルミのその言葉に返す言葉が見つからなかった。
本来、イルミと出会う確率なんてどれほどのものなのだろうか。
意味も分からずに見知らぬ飛ばされた相手と出会うとなんて、漫画の世界の中でしかありえないと感じていた。
でも出会ってしまった。
ということはやはり何かしらの意味があり、イルミを元の世界に返してあげられるのは自分ではないのかと思った。

「イルミさんの相手だったら……やっぱり念とか使えないといけないんじゃないかなって。もし私が本当にそうなら、出来るようになるのかもっていう単純な考えです」
「でももしじゃなかったら?」
「うっ……そ、その時は死ぬ……んですかね?」
「でも念が使えるとが前言ってた”お互いが居て良かった”って思える存在になるってこと?」
「パ、パートナーってことになるんですかね?」
「使えるに越したことはないけど。ならもしその仮説が正しいんだったらも暗殺の勉強しないとだね」
「それはちょっと……自信ないですねぇ」

イルミの仕事に役に立てる存在になるんであればそれはイルミにとっては”居て良かった”という仮説が成立するかもしれないが、にとってはどうだろうか。
自分で言っておいて腑に落ちない結論に耐えかねて、また横になった。
一体どうすればこの問題を解決出来るのか。
今のままでは”お互い”という双方の想いが交差したままになる。
どうすればそれを打開できるのか。
やはりイルミの言う通りに一度離れてみてお互いにとってお互いの存在が必要と思えるようになるのが一番の近道なのだろうか。
手がかりが全くない状態では可能性のある事を試していくしか他ならない。
残り85日。
色々試すにはまだ時間はある。
そう自分に言い聞かせては目を瞑った。


2020.06.05 UP
2021.07.23 加筆修正