パラダイムシフト・ラブ

32

日曜日の少し遅く起きた朝にそれは突然起こった。

……起きて。ねぇ

イルミがの体を揺するが当の本人はなかなか起きなかった。
どうしたものかと考え、最終的には以前のように髪の毛を引っ張って起こすことにした。

「痛い……痛い……です!」

飛び起きたは頭皮を抑えながらイルミを見上げた。
涼しい顔をしているイルミを見つめながら再度「痛いです」と言うとイルミは指輪をの前に出した。
今日は指輪が反応してから84日目。
本来なら指輪の刻みも84になるはずの刻まれた数字が、昨日の85から刻まれていなかった。
二人の結論では指輪に刻まれた数字が残り日数だと思っていたが、数字が刻まれないことでこの仮説が崩れた。

「え、だって……昨日は85って……な、何で!? 何でですか!?」
「知らない」

はイルミの手を掴み、指輪に顔を寄せてその数字を凝視した。
間違いなく指輪には85と刻まれている。
一体どういうことなのだろうか。

「な、何が起こってるんですか?」
「分からない。けどこれでこの指輪の数字が残り日数を示しているとは限らないって事だね」
「ってことは……あのルールは……嘘?」
「可能性はあるけどどこまでが嘘なのかは分からない」
「ど、どうする……んですか?」
「うーん。困ったね」

イルミは首を傾げながら顎に手を置き、ソファに腰掛けた。
は布団を避けて正座をする。
こうなると指輪に刻まれる数字が何なのかを考えないといけない気がした。
膝の上に拳を置き、反応しなくなってしまった指輪に鼓動が加速した。

「……すり替えられたとか?」
「すり替え?」
「そもそもこの紙をよこしたのはヒソカなんだ」

無くしては困ると思ってコルクボードに押しピンで貼り付けておいたルールが記載された紙をイルミは見つめた。
話によるとその紙をくれたのはヒソカという仕事仲間で予想外な行動をとるピエロみたいな奴だと言う。
気分屋で一筋縄ではいかない彼の性格を考えると、でっちあげたルールの紙をよこしても何ら不思議ではないらしい。
むしろ余計にルールをややこしくて面白く観察する節もあると言う。

「何でオレも気がつかなかったんだろう。あいつならすり替えぐらいすると思うし」
「な、何でそんなこと……」
「さぁね。変人の考える事はオレには分からない」
「じゃ、じゃぁ……私が死んだら……イルミさんも死ぬっていうのは……」
「嘘かもしれないし、本当なのかもしれない」
「なら……ど、どれが本当のルールか、分かりません、ね」
「面倒臭い事をしてくれるよ」

二人の重たいため息が部屋に響く。
一体何を信じればいいのだろうか。
振り出しに戻ってしまった気がしたは「数字は増えるんですかね?」と聞くがイルミからは反応がない。
何かを考えているようで、話しかけてはいけない雰囲気には黙るしかなかった。
オロオロしながらイルミの邪魔にならないようにキッチンへと向かい、考えている姿を見ながらポットに電源を入れた。
お湯が沸くまでの間、は自室へと戻りクッションの上に腰掛けてイルミを見ていた。

「あの、イルミさん……」
「ダメだ。念はかかってなさそう」
「え?」

イルミはソファから立ち上がり、コルクボードに貼ってある紙を少々乱暴に取るとヒラヒラ振って見せた。

「この紙自体は何の変哲も無いただの紙。オレが見破ると思ってわざと書き直したんだろうね」
「なんて回りくどい……ちゃんとルールを教えてくれればイルミさんだってすぐ帰れたのに……」
「すぐ帰ってきたら面白くないからそうしたんじゃない?」
「とんだひねくれ者ですね」
「困ったやつだよ」

そしてイルミは手に持った紙を破いた。

「ちょ、ちょっとイルミさん! 何して……」
「嘘と真実が混じったやつなんかあっても意味ないでしょ」

突然の行動に唖然としているとイルミは紙くずをゴミ箱に捨てた。
大切な物かもしれないのにそれを破いて良かったのだろうか。
はイルミに近づきゴミ箱の中身を見た。
細かくちぎられたそれは復元不可能な程ではなかったが、確かに嘘か本当かも分からない物があればこちらの行動が縛られる。

「この数字が死ぬまでの数字なのか帰るまでの数字なのかで状況は変わると思う」
「で、でも何で……何で数字が変化しなかったんでしょうか」
「んー。とりあえず」

キッチンの方から電気ポットの中身が沸騰した事を知らせる音がした。
はキッチンの方へ振り返った後、もう一度イルミを見た。

「コーヒーでも飲もうかな」

そう言ってイルミはキッチンへと向かった。


2020.06.05 UP
2021.07.23 加筆修正