パラダイムシフト・ラブ

34

その日の夕飯は以前イルミからリクエストを受けた唐揚げにした。
イルミは以前お店で出たものが気になっていたようで珍しくの横に立ちながら鶏肉が切られていく様を見ている。

「ち、近くで見られるのって緊張しますね」
「そう?」

何を言うでもなく、また手伝うわけでもないイルミから注がれる視線にプレッシャーをは感じていた。
一人で居た時は唐揚げを作るどころか既製品ですら買わなかったにとってはなかなかチャレンジな品目。
どうせ食べてもらうなら美味しくしたい。
脳内に残っているうろ覚えのレシピを頼りに事を進めて行くが、監視されているような視線に耐えられず、最終的にはイルミをキッチンから追い出した。

途中から一人になったことで集中出来たおかげか、唐揚げはカラっと綺麗に揚がった。
一息つきながらサラダを手早く準備して、器やらグラス等を自室のテーブルへと運ぶ。
唐揚げが沢山盛られた皿をイルミの前に置くと「これがからあげ」と何かに関心しているようだった。
イルミは箸を器用に持ちながら山の頂点を一つ摘み、口の中に入れた。

「……はふい」
「そりゃそうですよ。揚げたてですから」

熱いとは言いながらも口を止めることはなく、もぐもぐしている様は子供っぽくて可愛かった。
それがおかしくてクスクス笑うとゴクンと飲み込んだイルミが「何笑ってるの」とちょっと不機嫌そうに言う。
何でもないと誤魔化しても唐揚げの山に箸を伸ばした。

あれからイルミの指輪をチラチラと見るが、数字は変わらず85と刻まれていた。
数字はいつ変わるのだろうか。
最初見た時は日付が変わった後だったが、やはり日付が変わらないと指輪も反応しないのだろうか。
結局イルミは家を出ることなく、留まってくれることを選んでくれたが、次の問題はの恋人である宮前の存在だった。
しっかりけじめをつけないといけないし、正直体だけのルーチンな付き合いには疲れていた。
しかし、それをいつ切り出すべきか。
その勇気がなかなか湧かなかった。
ぼんやりしていたのかいつの間にかの箸は止まっていたようで、とっくに食べ終わっていたイルミは心此処に在らずなを頬杖をつきながら見ていた。

「変な顔してる」
「え?」
「いつもだけど今日はさらに変な顔してる」

イルミの声によって現実に引き戻されたはイルミを見た。
いつも、とは失礼だが自分がそんな顔をしていたと思わずは苦笑いを浮かべた。
「ちょっと考え事です」と言うとイルミが食いついた。

「考え事って何」
「何って……今後のことですよ。後は……彼のことですね。どうやって別れを切り出そうかなって」
「普通に言えば?」
「なかなか……勇気が湧かなくて」
「ふーん。それってさぁ」

イルミはズボンに手を入れると2本の針を取り出した。
黄色と緑色のビー玉のような装飾がついたそれは手入れがされているのかギラギラと針先が光っていた。
それをどうするのかとが見ていると、イルミはそれを自分の両方のこめかみに刺した。
予想外の行動には持っていたスプーンを落としテーブルから離れた。
目の前で骨がバキバキとなりながら顔の骨格が変わってゆく様は今まで見てきた中で一番ショッキングでグロテスクだった。
目玉は飛び出し、唇が歪み、徐々に顔が歪み、部屋に轟く骨が折れるような音に目を閉じて顔を背け、体を縮こませて耳を塞ぐ。
イルミは何をしようとしているのか。
体を震わせていると静かな声で「こいつ?」と聞かれた。

ゆっくりと耳から手を離し、目を細めながらイルミを見るとそこには彼である宮前が居た。
声と首から下はイルミなのに顔だけが宮前の気持ち悪い状況には目を点にした。
どういうことなのか。

「イ、イルミ……さん、なんですか?」
「うん。顔だけ借りただけ」

いつも人の良さそうな笑顔を貼り付けているの宮前だが、今目の前に居る宮前は無表情だ。
その顔からイルミの声がするっていうのはなんとも気持ちが悪いが、間違いなくその顔は本人そのものだった。
どういうカラクリなのかは分からないが、これがイルミの言う念の能力であることはすぐに理解した。
しかし解せないのは何故イルミがその顔を知っているのか、ということだった。

「な、なんとも……ないんですか?」
「うん。ちょっと疲れるぐらいだけだから。で、こいつで合ってるの?」
「そ、そうですけど……どうやって? 何で、知ってるんですか?」

イルミは無表情を崩さずに棚にあるファイルを指差した。

「写真」
「……そういうことですか」
「どう? これで振る練習したら?」
「え」

思いも寄らない提案には固まった。
顔を引きつらせるに対して宮前に扮したイルミは小さな笑みを作った。

「オレと、別れたいの?」

その表情はまさに本人がする笑みと同じでの体に一瞬だけ悪寒が走った。


2020.06.09 UP
2021.07.23 加筆修正