パラダイムシフト・ラブ

35

この状況を打開にするにはどうするべきなのか。
目の前のイルミは顔だけを彼氏である宮前に変え、「早く振ってよ」と無茶な注文をしてくる。
中身がイルミだと理解している以上本人ではない相手に別れを切り出すのはなかなか出来なかった。

「む、無理ですよ! だって中身はイルミさんなんですよ!? っていうか、何の意味があるんですか!?」
「振る勇気が無いって言うから……振る練習?」
「いや、まぁ、そうなんですけど、ってだからって……なんでそんな、そっくりなんですか……本人が居るみたいで気持ち悪いです……」
「真似るぐらい簡単だよ。なんならの顔になろうか?」
「いや、結構です!」

しかし、いつまでその顔でいるつもりなのだろうか。
もしかしたらあの針を引っこ抜かない限り他人の顔で居られると言うことなのだろうか。
が針を見つめていることに気がついたイルミは針の装飾品に触れた。

「抜けば戻るよ」
「あ、やっぱり……でも、血とか……出ないんですか?」
「うん。殺すために刺す時は多少出るけど……親父なら出ないように刺せるんじゃない?」

一体どんな父親なんだとは思ったが口には出さなかった。
それよりもまず摩訶不思議な能力を解いて欲しくては一歩だけイルミに近づいた。
見ればみるほど本人と瓜二つなその顔を見ていると調子が狂う。
はゆっくりと手を伸ばすが、その手は簡単にイルミに払われる。

「何してるの」
「いや、良い加減戻って欲しくて……抜けないかな、と」
じゃ抜けないよ。それにまだ振られてないし」
「べ、別にイルミさんを振るわけじゃ……」
「でも勇気がないんだろ?」
「い、今はね! 実際は……ちゃんと言えますよ! たぶん……」
「ふーん」

それでもイルミは針を抜こうとはしない。
業を煮やしたはイルミから顔を背け、唐揚げが入った器と空の食器を持ってキッチンへと向かった。

片付けを終えたはイルミの隣に座りながらニュース番組を見ていた。
イルミのこめかみに刺さった針はでは抜けないと言われたが、やってみなくては分からないと思ったは隙を見て針に手を伸ばす。
その度にイルミに手を弾かれる。

「遅いよ。がオレに勝てるわけないだろ」
「……そ、そうですけど。なんか、悔しくて」
「ふーん。抜けるものなら抜いてみると良いよ」
「だからその顔で喋るのは止めてください。なんか……腹が立ちます」
「なら抜いてみる?」
「……望むところです」

二人は向かい合い、睨み合う。
は息を止めながら相手が油断する隙を狙うが、イルミは全く動かず目だけで威圧してくる。
が小さく息を吸い込み、右手を出すが弾かれる。
今度は左手と右手を交互に出してみるが片手で弾かれる。
正面突破は難しいと考えたは体を左右に揺らしながらイルミを見つめる。

「それ」
「何ですか?」
「フェイントかけようとしてるつもり? 無駄だけど」
「や、やってみなと分からないじゃないですか! 案外イルミさんでも引っかかるかもしれませんよ!?」
「馬鹿みたいに揺れてるから頭でも可笑しくなったのかと思った」
「言い方がいちいち酷いです!」

右手を出すが、ペシっと弾かれる。
左手を出すべ、ペシっと叩かれる。
「痛いじゃないですか!」と抗議の声を上げると「殺す気で来なよ」と物騒な言葉で返されてしまった。
たかが針を抜くだけ。
他人からすればくだらない事なのかもしれないが、こうも弾かれ続けられるとだんだんとイライラが積もる。

「叩くの禁止です!」
「だってつまんないし」
「くそ……」

思わず出た言葉にイルミは「もそういう言葉使うんだ」と声はいつも通りのトーンだったが目だけが少し開かれた。
その隙をついては針を狙うのではなく、イルミの脇腹を狙って抱きついた。
思ったよりも簡単に後ろに倒れたイルミに若干驚きながらもは体を起こし、「捕まえました!」と喜んだ。

「うん。で、どうするの? 早く抜きなよ」

無表情の宮前の顔をしたイルミを見下ろすは固まった。
馬乗りになるような形で、現状では男の人を押し倒している状況には慌てて退こうとしたが、腰を掴まれて動けなかった。
散らばる黒髪が妖艶で思わずの眉が寄る。
まっすぐ見上げてくる瞳は笑っておらず、試すような目をしていた。

「あ、あの、えっと」
「遅い」

瞬きをした瞬間、目の前には尖った針先があり、少し動けば刺さりそうな針の距離には息を飲んだ。
もし刺されていたらどうなっていたのだろうか。
同じように顔が変わるのか、はたまた死ぬのだろうか。

「殺す気で来いって言ったじゃん」
「む、無理言わないでくださいよ……」

はゆっくりとイルミの上から退くと、イルミはため息を零しながら乱れた髪の毛を翻した。
イルミは何も言わずにこめかみから針を抜くとまたバキボキと骨を鳴らしながら骨格を変え始めた。
聞いてるだけで自分の身体が痛くなるような音には咄嗟に目を覆って顔を背けた。


2020.06.10 UP
2021.07.23 加筆修正