パラダイムシフト・ラブ

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の日曜日の朝は比較的遅いが、今回ばかりは指輪のカウントが気になってしまい何時もの起床時間よりも1時間早く目が覚めた。
目を擦りながら身体を起こすとイルミは既に起きており、ワイドショーを見ながらコーヒーを飲んでいた。
いつ起きても自分よりも早く起きているイルミに思わずは「イルミさんってちゃんと寝てるんですか?」と聞いた。
が起きたのを横目で見ながらイルミは「寝てるよ」と短く答る。

「指輪は、どうですか?」
「今日は1だった」
「ってことは、73ですか?」
「そう」

どこか腑に落ちない様子のイルミを見ながらはベッドから降りて脱衣所へ向かった。
歯磨きをしながら自分の仮説は間違っていたのかもしれないと思った。
イルミのことを意識すればカウントが早まるのであれば本来なら今日も1以上にカウントが刻まれるはずなのだが今日はまたいつもの刻み方をしている。
何かきっかけがあった日に対してカウントが1以上刻まれるとすれば、何かしないといけないのだろうか。
ぼんやりしながら口を濯ぎ、その後に顔を洗顔で洗い、濡れた顔をタオルで拭きながらふと自分の顔を見つめた。
ふに唇に手が伸び触ってしまう。
イルミの事を意識してしまっている今、キスをしたらどうなるのだろうか。
徐々に体の血が沸き立つのを感じ、邪念を振り払うように鏡から視線を逸らした。

自室へと戻るとはイルミの隣には座らずにクッションの上に腰掛けた。
いつもテレビを見ているイルミは日本のテレビをどう思っているのだろうかと気になって「面白いですか?」とイルミに聞いてみた。
出ている演者は当然イルミの世界には居ない人達で、そんな人達が内輪である芸能界の話題で盛り上がっているのを観ていて面白いのだろうか。
当然と言えば当然だが、イルミはの問いに対して「全然面白くないよ」と答えた。

「イルミさんの世界にもこういう番組ってあるんですか?」
「普段テレビとか一切見ないからオレは知らないけどあるんじゃない?」
「それは……お仕事で忙しいから、とかですか?」
「んー、そもそも観ようと思ったことがない。今は暇だから観てる」

テレビを観ない生活とは一体どんな生活なのだろうかとは思った。
もしかしたら複雑な家庭の事情でこれまで娯楽に触れてこなかったのではないだろうか。
イルミが元の世界に帰ればまた娯楽の無い生活がやってくる。
ならば、本人に興味があるのであれば、今だけは仕事と切り離された生活で娯楽を知ってもらうのはどうだろうかとは考えた。
ずっと家に居ても少々気まずいし、外に出れば気が紛れるだろうと考えたは意を決してイルミに向き直った。

「映画!」
「は? 映画?」
「そうです! 映画を観に行きましょう!」
「……何で?」
「家にずっと居ても不健康ですからね! あ! イルミさんは映画館とか行った事ありますか?」
「無いけど」
「ならなおさら行きましょう! 私が娯楽と言う物を教えてあげます!」

少し眉が寄ったイルミの顔は”お前何言ってるの”と言いた気だった。
もし本人が拒否すれば潔く引き下がる思いでいたはイルミの答えを待っていると、イルミは「うーん」と少し考えた後「良いよ」と答えた。

*****

現在映画館では何が上映されているのか全く知らないは映画館に向かう途中でイルミに「何観るの?」と聞かれて言葉に詰まった。
何か興味を惹かれるジャンルがあれば良いと漠然とした思いでいたため、は咄嗟に「イルミさんに決めてもらいます」と言葉を繋いだ。
休日の日曜日は人出が多く、同じように映画を観る者は多かった。
エレベーターも待ち人が多く、二人はエスカレーターを使用して駅ビルの最上階にある映画館を目指した。

二人で上映中である作品のポスターの前に立ち、は隣で腕を組みながらポスターを見ているイルミを見上げた。
こうしているとなんだか付き合っているような錯覚が起き、は慌てて小さく頭を振った。
気が紛れるどころか余計に意識してしまい、早く集中出来る映画館に入りたいと思った。

「き、決まりましたか?」
「うん。が居ない時にテレビで紹介されてたやつがあるからそれが良い。今何時?」
「今ですか? もうすぐ14時です。で、どれですか?」
「これ」

悩むかと思ったが意外に早く決まったことでは首を傾げた。
イルミはゆっくりと組んでいた腕を解くと1枚のポスターを指差したので、はそちらに視線を移すと絶句した。

にとって参考になりそうだろ?」
「いやいやいや。何の参考ですか?」
「え? ころ」
「しの参考にはならないかと!」

イルミが選んだのはホラー物の映画で、以前イルミと一緒にテレビを観ていた時にCMで今作の注目ホラー映画として流れていたのを思い出した。
他の映画を勧めてもイルミは首を縦には振らなかった。

「慣れてないだろうからこれが良い」
「だ、だってこれホラーですよ!」
「内容はこの男がどんどん無差別に人を殺していくらしいからホラーって言うより社会勉強だよ。いや、職業紹介かな?」
「ちょ、意味分からないです!」
「まぁ徐々に慣れていけば良いから。で、どこでチケットは買えるの?」

イルミはキョロキョロと辺りを見渡し、一瞬目を細めるとの腕を掴みチケットカウンターへと向かいだした。
腕を引かれながらも「本気ですか!?」と言うを無視して二人は購入者の列へと参加した。

「わ、私……ホラー系って苦手なんですけど」
「台本あるから」
「いや、それを言ったら終わりですけど……怖いものは怖いんです!」
「ハリボテだし血も本物じゃないって」
「そ、そうですけど! うぅ……今から緊張してきました」
「なら本物が良かった?」
「そういう冗談に聞こえない冗談は止めてください!」

なんだかんだで列は進み、あっという間にカウンターが目の前にやってくる。
手際よくイルミは「あれ2枚。出来れば後ろの席で」と女性の販売員に伝えると空いてる座席を案内された。
座席表を見ながらサクサクと話は進み、いつの間にか会計に。
その間は一言も発することはなく、イルミに言われるがまま財布を取り出してクレジットカードを女性に渡した。
発券されたチケットを受け取ると30分後に上映が始まるホラーの映画名が記されていた。
初めて一緒に映画館で観る映画が年齢制限されたホラー映画な事にはイルミらしさを感じながらも内心ではビクビクしていた。


2020.07.08 UP
2021.07.25 加筆修正