パラダイムシフト・ラブ

43

まだ明るい館内では一人ドキドキしていた。
後ろには壁、前には座席と大きなスクリーンが見える。
日曜日の昼間にホラーを見る人はあまり居ないのか客入りはそこまで多くなかった。
通路に近い座席ではソワソワしながら落ち着きなくポップコーンを頬張っていた。
緊張を隠せなでいると違って隣に座るイルミは足を組みながら肘掛に頬杖をつきながらふわりと欠伸をしていた。

「き、緊張しますね」
「だから台本あるって」
「そ、それは分かってはいるんですけど……ドーンとかバーンって効果音が苦手なんです。びっくりしません?」
「実際そんな大きな音出したらターゲットに気づかれるからありえない」
「……イルミさんって現実的ですね」
「オレは事実しか言ってないから」

口の中が乾き、は肘掛についているドリンクホルダーからカップを抜き取り勢いよく飲んだ。
徐々に館内が暗くなり始め、真っ暗だった画面に電源が入り、映画の紹介が始まった。
CGを使ったアニメやアクション物、話題の小説を実写化した恋愛物と色々な作品が紹介される中、お互いの顔が薄っすらと見える程度にまで館内が暗くなったところでは身体を強張らせた。
台本があってハリボテだと自分に言い聞かせながらは生唾を飲み込んだ。

最初の始まりは女子高生のインタビューシーンからだった。
とある廃墟に肝試しをしに行った時の内容で、明るく笑いながら話す女子高生は今時の女子高生そのものだった。
なんでもある噂に惹かれ、遊び半分で行ったらしい。

「バカだよバカバカ」
、静かに」
「……はい」

噂話の内容は、その廃墟には呪われた人形があり、それを持ち出すと持ち主の男が取り返しに来るという内容だった。
当然インタビュワーは女子高生にその人形に関して本当に存在しているのか問う。
この時点でには展開が予想出来た。
絶対にその人形は存在していて、この女子高生はそれを持ち出している。
は目を薄めにしてなるべく視えないようにしながら画面を観ていた。

「実は……これなんですけど」と女子高生がカバンの中を漁り始めた。
”やっぱり持ってきてるじゃん!”と内心叫びながらは顔を背けた。
ガサガサとカバンの中を漁る音がやけに響く。
片目を開けながら画面を見ると女子高生はカバンの中から藁で出来た人形を取り出した。
それと同時に流れたギリギリと何かを引っ掻くような効果音には思わず「ヒィッ!」と声をあげた。

「何あれ」

驚くことなく真っ直ぐに画面を見ているイルミがポツリと漏らした。
は思わず小声で「わ、藁人形ですよ」と言うとイルミは首を傾げながら「わらにんぎょう?」とオウム返しに聞く。
何のレクチャーだと思いながらもは「人を呪う時に使う怖い道具です」と藁人形の説明をするとイルミは興味深そうに「なるほど。人形かぁ」と零した。
何が”なるほど”なのか分からなかったがは深呼吸をしてまた画面を観た。

ところどころ脅かしポイントがあり、場面は女子高生の部屋と移る。
夜遅くまで勉強しているのか、はたまた演出なのか部屋の照明は薄暗く、何故ホラー映画という作品はどれもこれも部屋の電気が暗いのかと一人心の中で悪態を付く。
カメラワーク的にまた嫌な予感がしてきたは少しだけイルミの方に寄りながら身構える。
なんとなくだが、この女子高生は死んでしまうような気がした。

「イルミさん……やっぱり心理的に怖いです。これ絶対彼女死にますよね?」
「たぶんね。でも殺すところはちゃんと観ないと。なんせ職業紹介なんだから」
「いや、怖いです」
「だから台本があるから」

女子高生は勉強を終え、ノートを片付けているとひたひたと近づく足音に気がついた。
しかし振り返るとその音は止み、女子高生は気のせいかと思いながらまた片付けを再開させる。
するとまた足音が聞こえてきた。
その足音は不気味では耳を塞ぎたくなったが、横から流れてくる「気づかれてんじゃん。下手くそだなぁ」という呟きが気になった。
ドアの前で足音は止まったようで、女子高生は立ち上がりながら「誰?」とドアの向こう側を伺う感じで問いかけた。
もちろん反応はなく、不気味なBGMが徐々に大きくなる。

「イ、イルミさん……」
「映画ではこうなってるけど、実際は気づかれたらターゲットが逃げ出す可能性があるから。気づかれた時点で仕留めるのが一番良いんだけど、そもそも気づかれるって時点で失敗だからね」
「いや、解説して欲しいわけじゃないです……!」

女子高生はゆっくりとドアに近づきながら「お母さん?」と問いかけるが返事はない。

「ちょちょちょちょ! 来ます! 来ますってこれ!」
「一気に押し入ってやるのかな。でも叫ばれるリスクあるよなぁ」

女子高生はドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。

「バカバカバカバカ! なんで開けるの!? 信じらんない!」
「あー、なるほど。このドアって外開きなんだ。なら内側に一瞬隠れて油断した瞬間にやれば良いね」

恐怖に怯える女子高生の顔が映り、は思わずイルミの腕にしがみついて身を寄せた。
カメラがドアの隙間をフォーカスした時、顔がぐちゃぐちゃになった人間と呼んで良いのか分からない風貌の人間がこちらを見ていた。
悲鳴をあげる女子高生と、同じように館内に居る女性達からも悲鳴がちらほらと上がる。
勿論その声の中にはの小さな悲鳴も入っていた。

*****

上映終了後スタッフロールが流れる中、は疲れ果てていた。
はイルミの解説を聞きながら怖いシーンが近づいてくるとイルミの腕にしがみつき、殺されそうな場面になると顔を背けるが「ちゃんと観て」と言われて観させられるの繰り返しでぐったりしていた。
隣で涼しい顔をしているイルミは「結局あいつはどうなったの?」とホラー映画では触れちゃいけない部分に興味があるようだった。
徐々に館内が明るくなり、やっと視界が明るくなっては安堵のため息を漏らす。
なんとも疲れる映画だったが、途中から羞恥心を捨ててイルミの腕にしがみついていたが嫌な素振りをされなかったのが内心嬉しかった。

家に帰る前に食材の買い物を済ませて二人並んで歩きながら今日の事を振り返ってみた。
自身とても体力の要る映画だったが、イルミはどうだったのだろうか。
それが気になっては映画の話を振ってみた。

「うーん。殺し屋としては三流だよね」
「いや、あれ殺し屋じゃないですよ。人形に取り憑いてる呪いですって」
「ってことは術者が居るわけか。ん? でも術者があいつならあいつは死んでるんじゃ……あぁ。分かった。分身ってわけか」
「……ちゃんと映画観てました?」
「うん」

コクンと頷くイルミが思わず可愛くては笑った。
最初は怖くて逃げ出したかったけれど、隣にイルミが居てくれたからなんとか最後まで観る事が出来た。
頼んでいない解説は全く頭に入ってこなかったが、実際の殺し屋というのはもっとスマートだという事だけは理解出来た。
特にイルミの場合は無駄な争いは面倒臭いらしく、ターゲットが確認出来ればすぐに念で作った針で相手の息の根を止めるらしい。
殺すときは頭や身体を殴ったり、ナイフで刺したりするのかと思っていたは、ホラー映画のようなエグいやり方でないことにどこかホっとしてた。
自身少しずつイルミに感化されている事に気がつき、数ヶ月前の自分とは違ってだいぶ心も考え方も寛大になってきたと思った。
もしかしたらイルミの仕事も少しずつ理解出来るかもしれないと思いながら「今度はホラー以外のを観ましょうね」と言うと、イルミからは返事が無かった。


2020.07.09 UP
2021.07.25 加筆修正