パラダイムシフト・ラブ

64

男達は公園のベンチに座っており、イルミを見るや否や顔を引きつらせた。
男達の前で止まったイルミは男達の中で湿布を巻いている男の足を見ながら「まだ完治しないの?」と言う。

「ど、どういう事ですか……」
「あぁ。が寝た後散歩してたらこいつらを偶然見つけたから。ちょくちょく此処に来いって言っておいたんだよ。いやぁ今日居て良かったよ」
「い、色々聞きた事は、ありますが……と、とりあえず早く帰りましょう」
「ダメだよ。に謝って貰わないと。ね?」

イルミは背中に隠れているを男達の前に立たせる。
ガタガタと震える男達の姿からイルミに見つかった時どんな事をされたのかには想像出来なかった。
きっとが考える以上の恐怖をこの男達3人に与えたことに違い無い事だけは分かり、申し訳なくなってはイルミに振り返った。

「イルミさん」
「ほら、早く。約束通りに謝って」
「……私は別に」
「オレの気が収まらないから。本当は殺した方がスッキリするんだけどが止めろって言うからさ。良い? これは妥協案だから」
「で、でも……」

イルミの圧に耐えられないのか男達はガチガチと震えながら身を寄せ合ってイルミを見ていた。
口々に「すみませんでした」と言うがイルミは「オレじゃなくてに言ってよ」と冷たく突き放す。

「も、もう……勘弁してくれ……」
「俺達が、わ、悪かった」
「アレだけは! 止めてくれ……!」

怯えながら震えている男達を見ながらは「イルミさん、本当は何したんですか?」と聞くとイルミは「ちょっとだけね」と答える。
そのちょっとは一般人からしたら”だいぶ”に当てはまるのでは無いだろうかと思ったが怖くては言えなかった。
話にならない3人を見ていられなくてがもう一度帰ろうと言おうとした時だった。

「……仕方ないなぁ。強制的に謝ってもらおうかな」

何かに感づいたはイルミに振り返りズボンのポケットに手を入れているイルミの腕を掴んだ。
直感ではイルミが針を出そうとしている事を察し、「それは駄目ですよ!」と説得するがイルミの目は冷たく、話を聞いてくれる目をしていなかった。
「死なないように加減はするから」と言うがそれでもは「駄目です!」と言う。
二人のやりとりを見ていた3人のうち1人がベンチから転げ落ちて逃げようとした。
それを見逃さなかったイルミは掴まれたの手を振り払い「逃がさない」と一本の針を投げた。
真っ直ぐに飛んだその針は男の首筋に刺さり男はその場に倒れこみ、身体を痙攣させた。
他の男達も同様に逃げようとしたがイルミが一言「お前らにも刺すよ?」と言うと大人しくその場に留まった。

「な、なんて事するんですか!」
「逃げるのが悪いんだろ」
「だからってこんな事……!」
「これがオレのやり方だから。はまだオレのやり方を知らないからね。良い機会だから見てれば良いよ」

冗談を言ったり、からかったりするようなイルミはそこには居なかった。
目の前に映るイルミは無感情の塊で、人がどんな姿になろうがお構いなしで目的のためなら何でもするような人間に見えた。
信じられなかったがそれが今現実で、目の前で起こっている。
その雰囲気は雨の中で出会った時のイルミそのもので恐怖を覚えた。

「イルミさん……止めて……!」

の制止を聞かずにイルミは痙攣する男の元に歩き、しゃがんで何かを言っていた。
ビクンビクンと痙攣する男はゆっくりと立ち上がり、フラフラ歩きながらに近く。
その姿はまるでゾンビのようだった。
他の男達も逃げようとしたがイルミが2本の針を構えたところで悲鳴を上げた。

「いや、こ、来ないで……お願い……」

が1歩後ずさると身体をビクつかせて歩く男が2歩近く。
顔の筋肉もビクビクと動き、カタカタと口を動かしている。
その場に立っていられなくなったはその場に尻餅を着くと買ったばかりのプリンが袋から逃げて地面に転がった。
男もと同じように膝から崩れ落ちると悲痛に歪んだ表情でを見ていた。
その横にイルミが立ち、小さな声で「謝れよ」と言う。

「も、もうし、もし……申し訳……ありっま、あ、あ、あり、あり、ありま、せん……でし、でしっ、た」
「そうだよね。はとっても怖い思いをしたんだよ? 分かる?」
「もうっし、もしわ、け、け、あり、ありま……せ、ん……で、した」
「頭もちゃんと下げないと」

男はイルミの声に従うように額を地面にこすりつけ始めた。
ブツブツと聞こえる謝罪には「もう、止めて」と漏らす。
イルミは男達2人に振り返って「お前らはやらないの?」といつもより低い声で言うと、その声に驚いた2人も同じようにの前まで歩き、跪いて頭を地面にこすりつけた。
望んだ事の無い展開には言葉を失い、ただただ男達からの謝罪の言葉を聞いていた。
こんな事が現実にあって良いのだろうか。
人の道徳を無視したこんなやり方が、あって良いのだろうか。

「もう分かったから……イルミさん、止めてあげて……」

言葉を聞いて意識のある男2人は顔を上げた。
イルミは「しょうがないなぁ」と足の爪先でブツブツとまだ謝罪の言葉を繋いでいる男の顎を持ち上げて首筋に刺さった針を抜いた。
先端に付いた真っ赤な血が酷く印象的だった。

「今回もに免じて殺さないであげるよ」

針が抜かれた男はその場に倒れ、身体を数回痙攣させた後動かなくなった。
仲間の2人が必死に倒れた男を揺するが動く気配は無い。
もしかして死んでしまったのではないだろうかとが不安そうにイルミを見上げると「死んでないから。たぶん」と曖昧な事を言った。

「でも……」
「明日になれば動くよ。たぶん」
「たぶん……ってそんな……無責任な……」
に手を出すのが悪いんだから自業自得でしょ。あ、もう行って良いよ。お疲れ。明日から来なくて良いから」

男達は動かない男を担ぎながら「この悪魔が!」と罵る言葉をいくつか吐いた。
「やっぱり殺りしておこうかな」と言うと男達はさっさと公園から出て行った。
早足で逃げる背中に向かってイルミはため息を吐きながら「冗談なのに」と言うがには冗談には聞こえなかった。
動けないでいるの前にイルミは目線を合わせるようにしゃがみ、怯える顔に手を添えた。

「あの日オレを探しに来た時みたいな顔してる」
「……あれが……本当の、イ、イルミ……さん?」
「そうだよ。仕事の時はあぁやって人を操作して情報を聞き出した後は殺す。それがオレの仕事のやり方」

頬を撫でる指には固く目を瞑って身構えた。

「オレが怖いの?」

はゆっくりとその問いに対して頷いた。

「じゃあ嫌いになった?」

その問いに対してすぐに答えられなかった。
イルミの話しを聞いてイルミの仕事は頭の中では理解しているつもりだった。
念を込めた針を人に刺して操作することも、仕事に対して几帳面で、仕事で人殺しになることも。
しかし、現実を見ると怖かった。
事が済んだ後になってようやく涙が出てきた。
男が豹変する事や、人を雑に扱う事を何とも思っていないイルミが怖かった。
頭では理解していても現実は違う。
それを思い知らされたはイルミを見ながら「分からない、です」と小さな声で言った。

「参ったなぁ。後2日しかないのに」

イルミはため息をつきながらの目から溢れる涙を指で拭った。

「とりあえず目的は達成したから帰ろう」

そう言われても全身から力が抜けてしまったは立てないで居た。
イルミに引っ張られるように立たされ「よいしょ」と横に抱きかかえられる。
いわゆるお姫様抱っこの状態だったが、胸がドキドキするような感覚は無かった。
それはの中でイルミに対する気持ちが揺らいでいる証拠だった。


2020.08.02 UP
2021.07.27 加筆修正