パラダイムシフト・ラブ

67

「本当に0時ですか?」と言うにイルミは「嘘だって。今10時半ぐらい」と言った。
の記憶ではイルミは11時に来ると思っていただけに早く来たことに疑問が隠せなかった。
身体を起こして、ソファに座りなおすとイルミのためにスペースを開けた。

「は、早く、ない……ですか?」
「うん。寝てると思ったから来てみたら案の定寝てたね。どうせ夜寝れなくてうたた寝してたんでしょ」
「……イルミさんはエスパーか何かですか?」

さも当たり前のような言い方には完全に行動を読まれているに苦笑いを浮かべた。
いつもの定位置であるソファの端に座ったイルミはコーヒーを飲みながら「まぁオレもさっき起きたようなもんだから」と言った。

「土の中って……眠れるんですか?」
「うん。誰にも邪魔されないから快適だよ。っていうか何? 掃除したの?」
「あ、はい……要らない物は全て捨てようと思って」

部屋の角に並んでいるゴミ袋の山を見ながらイルミは「ふーん」と零す。
スッキリした部屋はいくらか広く見え、イルミが来たことで静かだった部屋が明るくなったような気がした。

「眼鏡は持っていくんだ」
「あ、はい……向こうでコンタクトレンズを買えるかわかりませんし、本来の私は……こっちなので」
「良いと思う。ミルキがよく言ってたけど眼鏡ってのも悪く無い」
「……どう意味ですか?」
「なんだろう。いつも弱いんだけど余計に弱く見える。これ取ると見えるの?」

は伸びてきたイルミの手をはたき落とした。

「見辛くなるんで取ろうとしないでください」
「周りに眼鏡かけてる奴が居ないからかな? 取りたくなる」
「何ですかそれ……ど、どうせ似合わないですよ」
「似合わないとは言ってないだろ?」
「でも取ろうとしました」

イルミと距離を取りながらは眼鏡を取られないように手で押さえた。
緊張感のかけらも無いイルミを見ていると自分のテンションが戻ってくるような気がした。
そんな時、はふとイルミの小指を見た。

「あぁこれ? 言っただろ。オレはカウントが止まるなんて1ミリも思ってないって」
「ってことは……」
「ちゃんと1だよ。ほら」

そう言ってイルミは小指をに見せると、銀色のシンプルな指輪には確かに数字の1が刻まれていた。
となると0時を過ぎればカウントはいよいよ0になる。
0になるとどうなるかなんて事は分からないが、少なくともこの世界からイルミは消える。
刻々と迫るタイムリミットに胸を締め付けられる思いをした。

「これでイルミさんは……元の世界に……」
「うん。も一緒にね」
「上手く、いきますかね?」
「大丈夫でしょ」

「はぁ。仕事どれだけ溜まってるんだろう」とイルミは背もたれに背中を預けた。
も同じようにソファの背もたれに背中を預けるとクッションを抱えながら天井を見上げた。

「何だかあっという間でしね」
「うん」
「最初は……イルミさんを好きになるとは思ってませんでした」
「へぇ」
「出会いが最悪だったし、暗殺稼業やってるとか言うから言う事聞かないと殺されちゃうのかなって」

は目を瞑りながら出会った時の事を思い出していた。
雨の中出会ったイルミは異色で、怖かったが、どこか惹かれるものがあった。
知れば知るほど、惹かれていった。
いつしか生活の中にイルミは溶け込んでいて、今日一人で過ごしてみて”寂しい”と思えた。

「でも、イルミさんに出会えてよかったです。私は……オーラとか見えないからお荷物になると思いますが、お荷物なりに出来る事は精一杯やりたいです」
「全部執事がやってくれるよ」
「それでもです。何か一つでも出来る事があれば、です。イルミさんがこっちの生活に馴染もうとしていたように、私も馴染まないと。受け入れられるように、強く、なりたいです」
「ふーん」
「そりゃ……まだ昨日のことは怖いですけど……でも、それがイルミさんのお仕事で、家計を支えているのであれば私は否定しちゃいけないんです」

抱えていたクッションをイルミの膝の上に乗せては笑った。

「だって、イルミさんは私の”運命の人”ですからね」

その笑顔に惹かれるようにイルミの手がの頬へと伸びた。


2020.08.05 UP
2021.07.27 加筆修正