パラダイムシフト・ラブ

68

「まぁそれは分かってるから良いんだけど」

いつになく真剣な顔つきのイルミにの喉が思わず鳴る。

「カウント1だよ」
「そ、そうですね」

レンズ越しに見る黒い瞳はどこまでも深く何かを欲しているかのように見えた。
言いたいことは分かるが、いざ匂わされるとやり辛いものがある。

「ならしてよ」
「え……?」
「オレはずっと待ってるんだけど」

大きな黒目にの困惑した表情が映り込む。
自分から言いだしたことではあるが、まさかイルミの方から話しを持ち出されると思っていなかったは「そう言われるとやりにくいです」と苦笑いを浮かべた。
焦らすに業を煮やしたイルミはの腰に素早く手を回してその体を持ち上げると簡単に自分の膝の上に乗せた。

「イ、イルミさん!?」
「これなら出来るでしょ?」
「こ、こ、この体制はちょっと……!」
「こうでもしなきゃしないじゃん」

腰元で手を組まれているのが気になって集中出来ず、は思わず俯いた。
行き場を失った手を遠慮がちにイルミの胸元に置く事で僅かだが距離を作ることが出来た。
小さな声で「今何時ですか?」と聞くとイルミは壁にかかる時計を見た後「23時」と答えた。
残り1時間で運命が決まる。
はゆっくりと顔を上げて「い、いきます」と意気込む。

「最初もこんな感じだったね」
「うっ……だ、だって自分からとか……なかなかする機会無かったからどうすれば良いか分からないんですもん」
「そんなの流れに任せれば良いのに。難しく考えるから出来ないんだろ?」
「何だかプレイボーイな言い方ですね」
「何とでも言えば良いよ。どうせすぐ喋れなくなるから」
「……そ、そういう事言わないでください」

軽くの背中をイルミの手が押す。
その流れに任せてはゆっくりと目を閉じて唇を重ねた。

*****

シャツの中に入ってきた手が冷たく、の口から小さな悲鳴が漏れる。
最初はお互いの唇を啄むだけだったのが次第に深くなり、の舌をイルミが執拗に追いかける。
仰け反る背中を撫でれば腰が逃げ、お尻に擦れる一際固い物に身体が反応する。
恥ずかしくても身体は正直でご無沙汰の身体はソレを欲しているように誘う。

「まだ、あげないから」

イルミとのキスに酔っていると背中にひやりと這う感覚がした。
ゆっくりと撫でるように、まるで何かを探しているような動きには身を捩った。
背中の中心辺りで止まったかと思えば、一瞬だけ指がブラのホックにかかると胸が締め付けから解放された。

「んんっ!?」

は閉じていた目を開かせ、イルミの腕を軽く数回叩いた。
やっと解放された口で足りない酸素を取り込みながらはずれた眼鏡を直しながら片手で胸元を隠した。

「ま、待って待って! ストップ!」
「え? 何?」
「こんな事してる場合じゃないですよ! 時間時間!」
「……も乗り気だったじゃん。ねぇ、続きしよ?」
「ダ、ダメ! 可愛く言ってもダメです! よく考えてください! は、は、裸のままとかだったらダメじゃないですか! 色々と!」
「じゃぁ脱がさなければ良い?」
「そういう問題じゃないです!」

「まったくもう!」と顔を赤くさせながら後ろ手で外されたホックを直す様をイルミは面白くなさそうな顔で見ていた。
照れているのを悟られないように「こんな技何処で覚えたんですか!」と睨みながら言うと「手先だけは器用なんだよね」とイルミはが直したばかりのホックをまた外す。

「あぁもうっ! そういうイタズラは小中学生がやる事ですよ!」

また胸が開放感に包まれ、はこれ以上イタズラされないようにイルミの膝から降りてホックを直した。
イルミは目の前でカップに合わせて揺れるの胸元を凝視していると「見過ぎです!」と怒られた。
ホックと位置を直し終えたはイルミの隣に腰掛けるがすぐ背中を隠せるように距離を取った。

「イルミさんって……案外エッチなんですね」
「は? オレが?」
「そ、そうですよ! すぐその……あっち方向に考えるし、何ていうか、なんかちょっとSっぽい……気がします」
「オレだって男だから。の反応が良いから色々したくなるんだけど、そもそも1ヶ月近くもシてないとかオレの中では最高記録だからね」
「……何の最高記録、あぁああ言わなくて良いです! 言わなくて良い!」

咄嗟に身体が動き、の手がイルミの口を塞ぐ。
少し大きく開かれたイルミと目が合い、本能のままに動いてしまった結果、はこの後どうすれば良いか分からずにいた。
イルミは大きな目を数回瞬きさせるとの手に触れてゆっくりと剥がした。

「そこは手じゃなくて口で塞いで欲しかったなぁ。まぁが嫌っていうなら仕方ないよね。仕方ないから別の女で」
「い、嫌とかじゃ、ない! ですから!」

”他の女”という言葉がの胸にえぐるように突き刺さる。
そんな事して欲しく無い。
仕事で必要なのであれば致し方なく目を瞑らざるしかないが、己の欲求を満たすためにイルミが別の女性を抱くのは我慢出来なかった。
咄嗟に大きな声が出てしまい、引っ込みつかなくなった言葉がの口から漏れる。

「嫌じゃない……というか……他の女性の方は……嫌、です」
「へぇ」
「わ、私だって……イルミさんとが良いけど、こ、こんな状態でシたく無い、んです。だからその、つ、続き……は、向こうに行ってから、が、良い……です」
「その言葉、絶対に忘れないから」

にとっては心臓が口から飛び出してしまうほど緊張する本音だったが、イルミはやけにあっさりしていた。
本当に自分の想いが届いているか不安になり、上目遣いでイルミを見ると「オレは仕事で必要な時しか抱かないって言ったじゃん」と口元だけで笑う。

「プライベートで抱きたいと思うのはだけ」
「なっ……な、な、な」
「あとさ、1ヶ月近くシてないってのは当然だよね。オレ仕事してないもん」
「さ、最初から……分かってて……!」
「素直じゃないけど吐かせるのは簡単だよね、って」

イルミにハメられた事を悟ったは居心地が悪くなり、いつの日かのように頭を抱えて亀のように丸くなった。
いつものまた日常のような雰囲気が戻ってきた部屋でイルミは壁にかかった時計を見た。

「最後に一杯飲もうかな」

亀を横目にイルミはゆっくりと立ち上がるとも飲むかどうか聞く。
小さな頭が少し動いて「飲みます」とくぐもった返事が返ってくる。
0時まであと20分程。


2020.08.05 UP
2021.07.27 加筆修正