パラダイムシフト・ラブ2

3

いつの間にか眠っていたようでは執事による機内放送によって飛び起きた。
ズレた眼鏡を直し、徐々に焦点が合ってきた目に飛び込んできたのは知らない間に掛けられた膝掛けだった。
イルミから執事による支給だと聞かされたは笑顔の執事に目を輝かせた。

「すみません、気持ちよくて……寝ちゃいました」
「オレも寝てたから」
「え? そうなんですか?」
「うん」

こんな明るいところで本当にイルミは寝るのだろうか。
疑いの眼差しを向けてるとイルミは自分の目を指差して「オレ開けてても眠れるんだよ」と言い出し、「本当ですか!?」とは驚き立ち上がろうとしたがシートベルトが邪魔をしてシートに戻された。

「嘘だよ。寝れるわけないじゃん」
「……そ、それは何のための嘘なんですか」
「オレだって冗談ぐらい言うから」

徐々にコードが下がっていくにつれ耳がキンと張る。
いよいよ離陸という時に顔に似合わない冗談をイルミが言うもんだからはちょっとだけ笑った。
車輪が地面をこする時の衝撃がの身体を揺らし「わわわ」とたまらず声が漏れた。
いよいよ降りるという時、お辞儀をする執事にはかけてもらった膝掛けを返した。

「わざわざ有難う御座います。ぐっすり寝ちゃいました」
「いえ、こちらはイルミ様からの指示で」
「余計な事言わなくて良いから。も早く降りて」

トンと背中を押されたは前のめりに転びそうになりながらもドアから伸びる階段をゆっくりと下った。
風圧に帽子が飛ばされそうになり、それを抑えて降りると後ろに続くイルミに振り返るとイルミの携帯電話が鳴り始めた。

「親父? うん。今パドキアに着いたけど。うん。へー珍しいね。あ、そうだ。ならさ、紹介したい人居るからじぃちゃんも呼んでおいて。いや、母さんは面倒臭いから良いや。じゃ後でね」

話が終わるまで待っていたは緊張した面持ちでイルミを見上げた。
の耳が確かなら確実にイルミの口から父親と祖父は既に自宅におり、紹介される事が今この瞬間決まった。
いよいよ家族と対面することになると思うと一気に緊張感がの身体を包み込む。

「聞いてたと思うけど、親父もじぃちゃんも居るみたい。丁度良いね」
「そ、そ、そう、ですね!」
「……何緊張してんの?」
「し、しますよそりゃ! だって、イルミさんのお父さんとお爺さんですよね?! き、気に入られたい、じゃないですか! 私! 変じゃないですか!?」

ぎこちなく歩くを横目に少し考えたイルミは「ねぇ」と呼びかける。

「ど、何処ですか!? それは今から直せるところですか!?」
「オレ目開けたまま寝れるんだよね」
「……は?」

先ほど聞いた面白くもない冗談をもう一度言うイルミの考えが読めなかった。
でも何だかそれが面白くて「それはさっきも聞きました」と笑うと頬を指で突かれた。

「そうやって笑ってれば良いんだよ。どうせオレも一緒なんだからさ」

そう一言言うとイルミは入場ゲートの門をくぐった。
もしかしたらイルミなりに緊張を和らげようとしてくれたのかもしれないと思うと、やっぱりついてきて良かったと思えた。
自分はイルミに比べたら堂々とも出来ないちっぽけな人間だが、イルミが側に居てくれるというなら精一杯の自分をアピールしようと思って同じように入場ゲートをくぐった。

空港から出ると一台の黒塗りのリムジンが止まっていた。
それに向かって歩くイルミの背中を見ての中で”まさか”と思った。
案の定それに乗り込んだイルミが「早く」と急かす。
改めて車内の中でどんなところに家があるのか聞けば、ククルーマウンテンの頂上に家があり山とその周辺に茂る樹海は全てゾルディック家の敷地だという。
大きな門があり、それは試しの門と呼ばれ7つの扉が一枚岩となって侵入者を防いでいるらしく、片方1トンあり最低でも2トンの扉を開く力がないと敷地内には安全に入れないと聞いてスケールの大きさにの脳は処理をするのを諦めた。

「……え、でもそんな広い敷地……どうやって管理を?」
「だから執事が居るんじゃない? 皆仕事で忙しいからね」
「執事さんも大変ですね……流石観光スポットになっているだけありますね」
「うん。ツアーバスも出てるからね」
「もうなんていうか驚きすぎてこれ以上どう驚けば良いのか分かりません」

車に揺られながら徐々に上り坂を進み始めたリムジンから見る景色は真っ暗で何も見えなかった。
唯一見えたのは反射して映るの顔だけ。
代わり映えしない景色が続いた後、見えてきたのは少し開けた道路と山だった。
目を凝らしても家は見えず、この山ではないのかと考えてるとイルミが「あの山だよ」と心を読んだかのように言う。

「はぁ……今からあの頂上に行くんですね」
「うん。途中で執事の屋敷を通ることになるけど、そうだね」

スピードを落とし始めたリムジンはそびえ立つ門の前で止まると、イルミは車のドアを開けた。
営業時代にタクシーを使っていた癖が抜けきらないのかは降りる時に見えているか分からない運転手に「有難う御座いました」と頭を下げる。
初めて見る門はまるで壁のように見えた。
訪れる者に絶望を見せるような門を見上げると首が後ろに90度倒れ、これを今からイルミが開けると言うが正直信じられなかった。
興味本位で扉に近づいたは手で触れてみたが何の変哲もない扉のように思えたが、いくら押しても開くどころが1ミリも動く気配がなかった。

「退いて」

沈黙するドアに手を触れていたは場所を譲るとイルミは小さく息を吸って扉を押した。
一番小さな扉が音を立ててゆっくりと開き始め、容易く開けるイルミに思わず「これ本当に2トンの扉なんですか?」と聞いてしまった。
早く入るよう言われそそくさと門をくぐるとイルミは扉の近くに生える木を指差した。

「あれ、監視カメラね」
「え?! あの木にですか?」
「うん。侵入者を見るためカメラなんだけど……多分親父達が見てると思うから挨拶しておいたほうが良いよ」
「えぇえ!? こ、こんばんは!」

にはカメラが見えなかったが帽子を抑えながら頭を深々と下げた。

「音声は撮れてないから」
「あ、そうなんですか?」
「うん。確か三箇所だったかな? 教えてあげるよ」

顔を上げたはカメラがあると思われる方向に軽く手を振ってからイルミを追いかけた。
その姿を次男のパソコンを使って母親と四男を除いた男連中に見られているとも知らずに。


2020.08.20 UP
2021.07.28 加筆修正