パラダイムシフト・ラブ2

4

イルミの父親でありゾルディック家の当主であるシルバは静かに電話を切ると、横で聞いていた祖父のゼノににやりと笑った。
一人でチェスをしていたゼノは「面白い話かの?」とシルバに聞くと「あぁ」と短く答えた。

「あのイルミが紹介したい人が居るみたいでこれから連れてくるそうだ」
「ほぅ。人間関係難有りのあの家業にしか興味を示さないイルミがのぉ」
「見合いの話もノリ気じゃなかったのは隠れて恋人が居たからかもしれないな」
「甲斐性なしと思っとったがヤることはヤっとるんじゃな。安心したわい。そういえばイルミももう24だったかのぉ」
「あぁ」
「時が流れるのは早いもんじゃ」

「ほれチェックメイトじゃ」とご機嫌なゼノは髭を触りながら「どんな女子じゃろうなぁ」と想像を膨らませる。

「もう空港に居るみたいだからすぐだろうな。親父、カメラを見に行かないか?」
「こういう時にミルは役に立つのぉ」

ソファから降りたゼノはシルバに続いて部屋を出ると暗い廊下を歩いて次男であるミルキの部屋に向かった。
数回ノックした後にシルバが「俺だ」というと中から焦ったような声が聞こえた。
ドアを開けるとスナック菓子を口の周りにつけたミルキが珍しくニュースサイトを見ており、テレビの前ではゲームに夢中になっている三男のキルアの姿があった。

「ゲッ! じぃちゃんも居るのかよ」
「親父にじぃちゃん? 何だよ急に。オレ今ゲームで忙しいんだけっ、ど!」
「ミル。破廉恥なゲームはキルの前でするなと言ったじゃろ。キルに悪影響じゃて」

コントローラーを左右に振るキルアを横目に二人はミルキの背後に立つとシルバは「門のカメラを見せてくれ」と言った。
「はぁ? 門?」と怪訝な表情を見せるミルキにゼノがこそっと「面白いもんが見れるかもしれんぞ」と笑った。
ミルキは渋々といった様子でパソコンをいじり、門の監視カメラ画面を開いた。
いつもと変わらない映像にミルキは大袈裟なため息を吐いた。

「何も映ってねぇよ」
「多分後30分ほどだ。イルミが客人を連れて来るらしい」
「は? 兄貴が? 冗談きついぜ親父。変な事言うから負けちゃったじゃん」

キルアはテレビに映ったGAME OVERの文字に頬を膨らませてコントローラーを投げた。
30分間父親と祖父にパソコンをジャックされる運命にミルキはやれやれと肩を落とした。
待てど30分、その知らせは突然やってきた。
ミルキはスナック菓子の袋に手を伸ばして中身が無い事を知って舌打ちをした時、パソコンからベルの音が鳴った。

「お、開いたぜ」

門が開かれるとベルが鳴るように設定していたミルキも画面を見つめた。
映像に映ったのは間違いなく長男のイルミで、珍しくカメラに向かって指を指している。

「イル兄何してんだ?」
「なぁどんな奴?」
「キルも見るか?」
「見る見る」

4人の目が画面へと釘付けになる中、それは正体を現した。

「は!? 連れって女!?」

綺麗にキルアとミルキの声がハモり、4人は突然現れた見知らぬ女に注目した。
唾ひろの帽子を被ったワンピースを着た女が深々と頭を下げたところでキルアが「マジかよ! まさか彼女とか!? 針刺さってんじゃねーの?」と大きな声を出した。
ミルキは素早くマウスを動かしその人物の部分だけを拡大表示させた。
女は最後に片手をひらひらと振ったところでイルミと共に画面からその姿を消した。

「……あいつはあぁいうのが好みなのか」
「キキョウさんが被りそうな帽子を被っとったのぉ」
「イル兄も眼鏡萌えだったとは……知らなかったぜ」
「いやぜってー頭ぶっ飛んでるって! あの兄貴の女だから間違いねーよ!」

各々に言いたい放題でキルアはミルキに次のカメラを映すよう急かす。
4人が固唾を飲んで見つめる中、二人の姿は10分ほどして映し出された。
先にカメラに映ったのはイルミで先ほどと同じようにカメラを指差し、その後に女が現れて頭を下げた後に片手をヒラヒラと振る。
それで終わりかと思ったが何かをイルミに言われた後、今度は両手で大きく手を振っていた。
それにつられてキルア以外の3人が手を振り返すと「あっちには見えてねーから!」とミルキからマウスを奪う。

「おい! キル何すんだよ!」
「さっさと次のカメラに行こうぜ!」
「しかし殺しはやってなさそうな雰囲気じゃな」
「一般人か? 同業者から見つけるかと思ったけどな」

次のカメラに姿映ったのは10分後で今か今かと待ち望んでいた4人は心なしか楽しそうだった。
「次は何すんだろうな」と前のめりになるキルアの身体をシルバはすぐに首根っこを掴んで画面から離させる。

「何だよ親父」
「画面に近いぞ、キル」
「はいはい」
「ほれ、来よったぞい」

おそらくペット兼番犬であるミケと遭遇した後なのか女はイルミの後ろに隠れながら現れた。
イルミは同じようにカメラに指を指したが背中に隠れた女はなかなかカメラに映ろうとしない。
「何してんだよ」と口を尖らせたキルアだったが次の瞬間言葉を失った。
イルミが何かを言った後、女性はイルミの髪の毛を引っ張ったのだ。

「……うわっ、あいつ死ぬんじゃね?」
「どうせもうイル兄の針人形だろ」
「ふむ。しかしイルミのやつ、平然としておるな」
「よっぽどあの女性を気に入っていると言う事か?」

何か言い合っているような映像が続いた後、イルミは女性を肩に担ぎ、地面に落ちた帽子を拾うとイルミはそれを自分の頭に被せて画面から消えた。
一瞬の出来事に4人の開いた口は塞がらず数分間無言だった。

「な、何だよ今の……」
「この先は執事の住む屋敷だな。ミル、カメラは確か此処までだったか?」
「そうだよ。どうせ執事のところで死ぬからってこれ以上はつけてなかったはず」
「こりゃ話しをするのが楽しみじゃな」

高らかに笑ったゼノはこれ以上カメラでの姿が終えないと分かるとミルキの部屋から出て行った。
それに続いて出て行こうとするシルバを呼び止めたのはキルアだった。
新しいおもちゃを見つけたような笑顔を見せながら「気に入らなかったらオレにやらせてよ」と笑う。

「まぁ話してみてからだな」

シルバはそう言い残すと静かにミルキの部屋から出た。
その横顔はどこか笑っているように見え、部屋に残った二人は顔を見合わせた。


2020.08.20 UP
2021.07.28 加筆修正