パラダイムシフト・ラブ2

9

暗いを廊下を歩く中、イルミは「誰かに会った?」と聞いてきた。
その質問を聞いたは銀髪の少年の姿を思い出し、「銀髪の男の子に会いましたよ」とただけ答えた。
ただし、少年と約束した事だけは言わないでいておいた。
恐らく腕に抱えた大量のお菓子の事をイルミに知られたら大変な事になってしまうだろうと思い、は「弟さんですか?」とイルミの背中に質問を投げた。

「あぁ。弟のキルアだね。何か話した?」
「いえ……特には」
「本当に?」

その声は探りを入れているというよりかは”本当の事”を言わせようとしているように聞こえた。
は少年と約束した手前もあり「ほ、本当ですよ!」と帽子を握りしめながら力強く言った。
その訴えが少しは通じたのかイルミは「ふーん」と納得したように見えた。
ホっとしたは胸を撫で下ろすと、イルミはとあるドアの前で立ち止まった。
振り返るとドアを指差しながら「此処、オレの部屋ね」と言う。

「そ、そうなんですね。あ、私は何処で寝れば良いんですか?」
「何言ってんの。オレの部屋に決まってるじゃん」
「……へ? イ、イルミさんの……部屋?」
「うん」
これだけ大きな家なのだから当然自分はゲストルームで過ごすのだろうとは勝手に思い込んでいたが、まさかイルミの部屋とは思いもせず思わず気の抜けたような声を出してしまい、慌てて口を噤んだ。
散々同じ屋根の下で時間を共にしたが、部屋となるとまた意味が違ってくる。
物置でも何でも良いから別の部屋を提案した時、イルミは「だって危ないだろ?」と首を傾げた。

「寝てる間に殺されても良いって言うなら別だけどさ」
「ま、まさか……誰にですか?」
「母さんならやりかねないから」
「あぁ……そ、そうです、ね」

屋敷に着く前に鉛玉で狙われたのを思い出しては納得した。
「オレが居れば下手に手は出せないから」と言いながらイルミはさっさとドアを開け、を中に案内した。
殺風景と言えばそうなのだが、クローゼットと思わしき扉、奥に続いてそうな空間、そしてベッドと椅子が1脚だけ置いてある部屋はあまりにも生活感がなさすぎた。
もっと豪華な部屋を想像しただけに拍子抜けしてしまったは思わず「本当に此処が?」と言ってしまった。

「そうだよ。仕事と家の往復だし、帰ってきたらリビングに居たりするから物とか必要ないんだよね」

それにしても無機質すぎる部屋には何処に居れば良いのか分からずドアの前に立ち尽くした。
そんなを見ながらイルミはベッドに腰掛けると首を傾げながら「キルとは本当に何も話してないの?」と先ほどの話しを蒸し返してきた。
よっぽど気になる様子のイルミには少し困った表情を浮かべながら無造作に置かれた椅子の上に帽子を置かせてもらってから「だから本当ですってば」と眉を下げた。

「嘘ついてない?」
「嘘じゃないですよ」
「嘘だったらどうする?」
「ど、どうするって……だって嘘じゃないし……」
「なら嘘だったらオレの言う事一つ、何でも聞いてもらおうかな」

どこか楽しそうに言うイルミには眉を寄せた。
少年とはほぼ話していないに等しいが無理やりさせられた約束がある。
しかし此処でひるんでしまっては絶対に言うまでこのやりとりが続くと感じたは毅然な態度で「逆に嘘じゃなかったら?」と聞いた。

「うーん。その時は謝るかな。ごめんねって」
「……なんか凄く差があるように感じますが」
「オレは負ける賭けはしないから」

イルミはズボンのポケットから一本の針を取り出してにちらつかせて見せた。
瞬間的には自分に針を刺して吐かせようとしているのではないかと思い身構えた。

「キルと何話したの?」
「……ただ、挨拶しただけで本当にそれ以上は……話してませんよ」
「正直に言った方が良いよ」
「ならキルア君、でしたっけ? 本人に直接聞いてみてください。それならイルミさんも納得するはずです」
「ならそうさせてもらおうかな」
「え……?」

イルミは躊躇いなく持っていた針をに向かって投げた。
は咄嗟に目を瞑り、唇を噛み締めるとドスンと重たい音をたてて針はドアに突き刺さった。

「うわぁっ! あっぶねぇ……」

ドアの向こう側から聞こえた声にはすぐに首だけで振り返った。
針はドアに突き刺さっており、の太ももに触れるか触れないかの位置に刺さっていて思わず息を飲んだ。
それよりもドアの向こう側から聞こえた声が気になりはゆっくりとドアを開けると、そこには腰を抜かしている銀髪の少年が居た。

*****

ベッドに足を組んで腰掛けるイルミの前に小さく丸まった背中が二つあった。
床に正座させられている弟のキルアは隣で同じように正座しているを横目で見る。
少し不機嫌な表情を浮かべているイルミは項垂れているキルアを見ながら「キル。
ドアの前で何してたの?」と冷たく声で問うと、言葉を詰まらせるキルアは苦しそうに「べ、別に」と小さく答えた。

「オレの知らない所で2人はいつの間にそんなに仲良くなったの?」
「仲良くなんか……ねぇし……」
「そ、そうですよ! 今日初めて会ったわけですしちょっと挨拶した」
は黙って」
「はい……」

肌で感じる威圧感とイルミの言葉には発言権を奪われ、眉を寄せながらキルアを見た。
兄に怒られるというのはこういう事なのかとは痛感した。
額に汗を浮かべるキルアの瞳は揺れていた。

「キル。正直に言えば兄ちゃんは怒らないよ。今まで他人に一切興味を示さなかったお前がをつける理由は何?」
「……オ、オレは……ただ……」

キルアはゆっくりと顔を上げると「気になったから」と言い切った。
その言葉にイルミは眉を寄せながら「何が?」と追及する。

「親父達が、兄貴が人を連れてくるって、言うから……」
「うん」
「どんな奴なのかなって……それで……」
「へぇ。は”お前に会った”って言ってたけど、それじゃ物足りなかったってこと?」
「それは……その……」
「言ってごらん、キル。をつけた本当の理由は?」

キルアの膝の上に置かれた拳はかすかに震えていた。
何だか見ていて可哀想になってきたは堪らずキルアを抱きしめた。
イルミは少しだけ目を大きく開いたが、一番驚いたのはキルアで「な、何すんだよ!」と抗議の声を上げた。

「も、も、もう良いじゃないですか! もう止めてあげてください!」
……黙ってって言ったよね」
「見ていられませんしこれが黙っていられる状況ですか?! キルア君だって……お兄ちゃんが連れてきた人がどんな人なのか気になるのは弟としてと、当然じゃないですか! いきなり激詰めなんて可哀想ですよ!」

急な出来事に状況が理解出来ないキルアはの胸に顔を埋めながら固まっていた。

「こんなに震えて……怯えてるじゃないですか!」
「オレは普通に質問してるだけだよ」
「普通に質問してたら人はこんなに震えません!」

一度かかってしまったエンジンはそう簡単に止まらない。
口喧嘩でイルミに勝てるとは思えないが、兄であるイルミの威圧感に震えるキルアのためを思えば此処は何としてでも”彼は悪くない”と主張するのがベターだとは考えていた。
引くに引けなくなったこの状況では勢いに任せて「私を、試したんですよね?」と言うと、腕の中のキルアはの話しに合わせるように数回頷いた。

「試すって何を?」
「……会った時、”私はただの一般人です”って言ったんですけど、信じてもらえなかったんです」
「キル。まさか同業だと思ったの? 殺気も気配も感じ取れないが?」
「……そ、そうだよ! 兄貴の連れっていうからてっきり同業かと思ったんだよ」

調子を取り戻したキルアはは突き飛ばしてゆっくりと立ちあがった。
ハッタリが良い方向に向かっていると感じたは苦笑いを浮かべながら「だから一般人って言ったじゃないですか」とよろけた身体を戻しながらベッドに寄りかかった。

「一般人って言うけど、実際は”匂い”を隠してるんだと思ったからつけた。けど、全然オレに気づかないし拍子抜けした。マジで一般人だったんだね」
「あ、あはは……」

イルミは2人を交互に見ながら小さく「まぁ良いか」と呟いたが2人の耳には届かなかった。


2020.09.09 UP
2021.07.28 加筆修正