パラダイムシフト・ラブ2

10

話しは上手い事進み、キルアにゾルディック家に来た経緯とこれからの事を話すと「マジで言ってんの?」と凄く驚いた表情をしていた。
その表情はにはどこか憐れんで見えた。

「ウチの飯……食えんの?」
「一応親父には言ってあるけど、どうだろうね。いざとなったら助けてあげてよ。兄ちゃんは明日から仕事で居ないからさ」
「は!? オレが!? 何でだよ!」
「昔言ってただろ。お姉ちゃんが欲しいって。丁度良いじゃん。ほら、お姉ちゃんって呼んでみなよ?」
「馬鹿兄貴! いつの話持ち出してんだよ!」

少し顔を赤くしたキルアと目があうとすぐに逸らされた。
お年頃の男の子な反応に笑ってしまうと「お前も笑ってんじゃねぇよ!」と怒られてしまった。

「はぁ……ったく。ほんと拍子抜け。折角ちょっと本気出してつけたのにこれじゃオレが馬鹿みたいじゃん」

キルアは重たいため息を吐きながら頭をガシガシと掻いた。

「上手くなったとは思うけど家族に気付かれてるようじゃまだまだ甘いよ」
「兄貴と親父達は別格。ブタ君は絶対に気がつかないからね。あーなんか無駄足だったわ。もうオレ寝るから」

は胸を撫で下ろして「おやすみなさい」とキルアに言うとキルアは何も言わずに片手を上げた。
針が刺さったままのドアのドアノブにキルガが手をかけたところで「あ、そうだ。キル」とイルミはキルアを呼び止めた。
「何?」とキルアが振り返るとイルミは口元だけで笑った。

「つけるなら気配だけじゃなくて”自分の匂い”も消さなきゃ意味無いからね」

一瞬キルアの目が見開かれたが「そんなん常識じゃん」と言って部屋から出て行った。
一体何の事を言っているのか理解出来なかったは首を傾げながら「どういうことですか?」とイルミに聞いた。
イルミは目だけでを見るとその目を少しだけ細めた。

「キルから微かにチョコの匂いがしてね。キルには寝る前のお菓子は禁止にしてるんだ。本人は隠せてると思ったんだろうけど、オレには隠せないけどね」

だからあの時絶対にイルミには言うなと言われたのかと理解したは「……す、凄いですね。私は全然分かりませんでした」と言うのが精一杯だった。
それに対してイルミは小さく鼻で笑った。

「よく言うよ。キルがキッチンに隠してあるチョコロボ君抱えてるの見たくせに」
「え、な、何で、それを……え? 見てたんですか?」
「あ、やっぱりそうなんだ。ってつくづく面白いね」

鎌をかけられたと知りの顔から血の気が引いていく。
イルミは顔は笑ってないが「ハハハ」と笑いながら放心状態になっているの肩を軽く叩いた。

「親父達と話してたオレがそんなの見れるわけないだろ? 」
「ひ、酷いですよ……私本当に見られてたのかと思いましたよ……」
が必死でキルを庇うからちょっと遊んでみただけだよ。同業者と一般人の区別ぐらい、キルでも出来るから。多分だけど、キルがをつけたのはがオレに告げ口しないか気になったからだろうね」

結局全てお見通しでは「……ごめんなさい」と小さな声で言うと上から「何が?」と降ってくる。
キルアの口止めの事や、結果的にイルミに嘘をついてしまった事に対して謝った事を伝えるとイルミは俯いたの頭に手を乗せた。

「言っただろ? オレは負ける賭けはしないって」
「……え?」

はゆっくりと顔を上げると大きな黒目に自分の顔が写っているのが見えた。

「ま、待ってください……あれは……その……」
「今さら撤回とかありえないから」
「ご、ごめんなさいって謝ったし……」
「それはオレが賭けに負けたらだよね。いやーどうしようかなー。何してもらおうかなー。楽しみだなー」

はごくりと生唾を飲み込みながら今夜寝られるのかどうかが気になって仕方なかった。

*****

結局はイルミのお願いを何でも一つ聞くということで話しは執着し、腕を組んで真剣に考えている様子のイルミを緊張した面持ちでは見ていた。
一体どんなことを言われるのか。
ふいに向けられた視線には身体を跳ねさせた。

「とりあえず明日仕事だし、シャワー浴びようかな。の家にあったような風呂は外にあるけど、シャワーなら此処にあるから」

ベッドから腰をあげたイルミはに手招きをする。
それにも従ってついていくと奥まったところには洗面台と広くは無いが一人分には丁度良い脱衣所と磨りガラスのドアがあった。
そこを開けるとシャワー室があり、ピカピカに輝いていた。
自分の家とは比べものにならない綺麗さにあっけにとられていると「執事が毎日掃除してるから」との心を読んだかのようにイルミが言う。

「この部屋で生活……出来ちゃいますね」
「深夜に帰る事もあるからつけてもらったんだけど便利だよ。うちは男所帯だからは此処のシャワー使えば良いよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ。待ってて。あ、それとも一緒に入る?」
「へ!?」

突然のお誘いには間抜けな声を出し、慌てて首を横に振りながら「結構です!」とその場から逃げた。
その後ろ姿を見ながらイルミは「残念だなぁ」と少し笑った。

イルミがシャワーを浴びるのを待っている間、はベッドに腰掛けてイルミが来た初日の事を思い出していた。
あの時とは立場が逆転して不思議な気持ちになった。
申し訳程度につけられた窓に目をやると空が見えた。

「やっぱり日本とは全然違う……」

ゆっくりと立ち上がってその窓に近づき、冷たいガラスに手を添えた。
外を覗けば木々が茂り、空には丸い月が存在感をアピールしていた。
日本にいた時は見えなかった星達が踊り、こんなにも空には星が存在していたのかと思い知らされた。
向こうはどうなっているのだろうか。
”自分”という存在が消えて、うまくいっているのだろうか。
両親や友人、会社の人達に何も言わずにこちらの世界に来てしまって本当に大丈夫なのだろうか。
覚悟は決めたものの、今までと違う世界を見せつけられると折角隠した不安の星が少しだけ顔を出す。

ぼんやりと瞬いている星を見ているとガチャリとドアが開く音が聞こえた。
聞こえてくる生活音には目を瞑った。
嘆いたってしょうがない。
自分はイルミを選び、この世界で生きていくこと決めた。
ただなんとなくで生活していた平凡な日常を捨てる代わりに自分を必要としてくれる人の元で困難はあるかもしれないが精一杯生きていく事を覚悟した。

「何してんの?」
「星がいっぱい見えるなーって思って見て」

イルミに振り返っただったが言葉を最後まで言わない代わりに「ちょっと!!ちょっとー!!」と叫んだ。
目を隠して蹲るにイルミはタオルで髪の毛を拭きながら首を傾げた。

「何?」
「服! 服着て! 何でも良いんで!」
「服?」
「パンツ一枚で出てくる人が何処に居るんですか! い、良いから今すぐ何か着てください!」
「……別に全裸じゃないんだし良いじゃん。オレ風呂上がりはこうだよ? 着替えも楽だしね」
「お願いですから! 目のやり場に困るんですってば!!!」

「ヒィィィイイ!」と丸くなっているを見ながらイルミは「はいはい」と言ってまた脱衣所へと戻っていった。
その後ろ姿を目を細めながら指の隙間から見ているとこんな調子で大丈夫なのかと不安の星がまた少しだけ顔を出した。


2020.09.09 UP
2021.07.28 加筆修正