パラダイムシフト・ラブ2

12

予期せぬイルミの言葉には思わず目を点にした。
最初から分かっていた様子のイルミはの髪の毛を指で遊びながら「普通最初に気づくよね」と目を細めて小さく笑った。

「き、気づいてたんだったら最初から貸してくれたって良いじゃ無いですか!」
「いやぁどうするのかなって思ってね。でも、の必死な姿見たら貸さない方が面白いかなって思った」
「……そのうち後ろから刺されますよ?」
「生憎オレはそんな三流じゃないから」

ああ言えばこう言う。
それでも不思議とそのやり取りは嫌じゃなかった。
これが惚れた弱味というものなのかと感じながらは軽くため息を吐くとイルミと目があう。

が起きてる間にお願い聞いてもらおうかな」
「え? 今ですか?」
「うん」

ゆっくりとイルミの指が髪の毛から離れる。
ふいに逸らされた視線に少し寂しさを感じたが、その横顔を見ながら「何ですか?」とは尋ねた。

「オレが帰るまで死なないでね」
「……へ? 何ですかそれ?」
「たぶんだけど、は親父達に試されてると思う」

頭の中で人の良さそうな2人の顔を思い出した。
気さくな人で、見ず知らずの自分を受け入れてくれるような雰囲気があった人柄には眉間に皺を寄せた。
どういう意味なのかをイルミに尋ねると「うーん」と口元に手を当てて少し考えこんでしまった。

「……で、でも……そんな感じは……」
「今まで自分達の仕事をオレに押し付けてしかもオレだけ飛ばすなんてなかったから。を試すのにオレが邪魔なんだろうね」
「試すって……な、何をですか?」
「ウチに馴染めるかじゃない? 家族以外は信じない奴、多いから。執事の中にも、たぶんそういう奴は居ると思うし」

「オレが居れば他の奴らを黙らすことなんて簡単なんだけど」との頬を軽く撫でた。
ギシリとベッドが音をたてるとの頬にイルミの髪の毛がかかる。

「え」

の上にかぶさるようにイルミが体を動かすと、触れていた指がの唇をなぞる。

「あの……イルミさん?」
「だから無理に馴染もうとしなくて良いから」
「で、でもご家族とは仲良く……なりたい、です」
「それこそ後ろから刺されるかもしれないだろ」

が言葉を発しようとするとそれはイルミの唇によって塞がれた。
唐突で強引ではあったが触れた唇は優しくてギャップのあるキスにはすぐに布団を頭までかぶった。
徐々に体は熱くなり、足をばたつかせるとイルミの笑う声が聞こえた。

「わ、笑い事じゃないですよ! いきなり何するんですか!」
「なんとなく?」
「なんとなくでする事じゃないですよ!」
「うーん。じゃぁ不安そうな顔してたから?」
「してません! 断じてしてませんから!」
「そう? まぁ何でも良いけど。オレが戻るまで大人しくしてるんだよ?」

布団の上から頭を2回叩かれ、ベッドがきしんだ。
ゆっくりと目だけ出すと、イルミは立ち上がって窓の前まで歩くと窓を開けた。
何をするのかと見ていると足をかけて今にも出て行こうとしていた。
イルミが仕事に行くまでまだまだ時間はあるはずだと思ったは体を起こしてイルミを呼び止めた。

「ど、どこ行くんですか!?」
「ごめん。本当はとっくに仕事の時間だから」
「え……そ、そうなんですか!? なんで、嘘なんか……」
「あぁ言えば時間気にしないかと思ったし、ギリギリまで側に居ようかなって。じゃ、行ってくるから」
「ちょ、ちょっと! 待ってください!」

はベッドから抜け出して両足をかけるイルミの服を引っ張った。
この際下着の事など眼中になかった。
しかし引き止めたは良いが何を言えば良いのか分からず、はすぐに手を離した。

「何?」
「えっと……き、気をつけて……」
「うん。なるべくすぐ終わらせてくるからさ」

イルミを見上げると逆光で表情はわからなかったが、声色が少し高かった。
なんだかむず痒くなるやり取りに恥ずかしくなり、は顔を逸らして「いってらっしゃい」と小さく言った。

「そうだ。帰ってきたらさ」
「は、はい……」

ふいに伸ばされたイルミの手。
白い大きな手の行方をは目だけで追いかけると、イルミは親指で中指を弾いた。

「頑張ったご褒美よろしく」

その指はの胸の敏感な部分に当たり、の口から小さく悲鳴が漏れる。
すぐに胸を隠して「イルミさん!」と顔を上げた時にはもうその姿は無かった。
ご褒美とは一体何なのか。
それを考えただけで身体が熱くなるのを感じたは丸くて大きな月を見ながらその場に座り込んでしまった。


2020.09.13 UP
2021.07.28 加筆修正