パラダイムシフト・ラブ2

17

「昼までゲームしようぜ!」というキルアに腕を引かれ、はある部屋にやって来た。
そのドアにだけプレートが掲げられているがには何と書いてあるか読めなかっのでキルアに何と書いてあるのか尋ねると「あ、そっか」とキルアは何かを思い出したような顔をした。

って文字読めねーんだっけ」
「……恥ずかしながら」
「そういう言い方禁止な。ほんっと早く学習しろよなぁ」
「ご、ごめんね。癖みたいなもんでなかなか抜けなくて……」
「ま、急には難しいよな。んで、これは……やっぱ良いや。が読めるようになったら分かるだろうし」

キルアはいたずらっ子な笑みを浮かべた後、ノックもせずにそのドアを開けた。

「ブタくーん。ゲームやらして」
「キル! いつもノックしろって……兄貴の女?」

兄弟の中では”兄貴の女”で定着しているらしい事に苦笑いしながら「こんにちは」と挨拶をした。
高そうなデスクチェアに座っていた部屋の主である次男のミルキがドアの方に顔を向ける。
キルアとの顔を交互に見た後「何しに来たんだよ……クッソ。好感度下がったじゃねーかよ」と小さな声で言った。
またキルアとは違った個性的な兄弟には気難しそうな人かもしれないと思ったが、その考えはパソコンモニターを見て変わった。
3台に明かりが灯っており、メインモニターと思われる中央の画面には選択肢と制服を着た女の子が腕を組みながら怒っているようなイラストが表示されていた。
が居た世界で言うところの”オタク”という分野がこの世界にもある事に親近感が湧いた。

とゲームするから」

キルアは部屋のスイッチを無断で押して明るくするとミルキが「やめろよキル! 目が! 目が!!」と手で顔を隠した。
ミルキの断末魔を気にすることなくキルアはミルキの部屋に遠慮なく入るとさっさとテレビに電源を入れていた。
入り口で固まっているに「早くやろうぜ!」とキルアが言うが、部屋の有様になかなか動けなかった。
壁には気が遠くなりそうな顔のフィギュアが飾られており、中でも目を引いたのが等身大のような美少女キャラクターの2体だった。
思わず目が点になって口を開けてると「やっぱこの部屋キモいんだよ」とキルアが笑った。

「ちょっと驚いて……ひ、人の趣味はそれぞれだから……ね」
「そう言うけどドン引きしてんじゃん。大丈夫だって。その内慣れるって」
「えっと、でも勝手になんて……悪いんじゃないかな?」
「そうだよ! 人の部屋で勝手にゲームすんじゃねぇよ! オレは許可してねーからな! お前も出てけよ!」

朝食で隣に座った程度で面と向かって会話をするのは初めてだった。
あまりの剣幕には体を震わせるとキルアがゲームの準備を中断して「バカミルキ! に大声出すんじゃねーよ!」と負けじと大声を上げて立ち上がる。

「はぁ!? だいたい何でいつもオレの部屋なんだよ!」
「ミルキが最新のゲーム買うからに決まってんだろ!」
「キルだって金持ってんだろ! 自分で買えよ!」
「やだね。オレの金はチョコロボ君のためだし、どうせゲーム買っても兄貴はすぐ飽きんじゃん。っつーか早くそいつの事落せよ。何日かかってんだよバーカ」
「ぐぬぬ……!」

兄弟喧嘩になりかねない状態にオロオロしながらは2人を見ていた。
顳顬に血管が浮き出ているミルキを無視してキルアはの腕を引いてテレビの前まで連れていく。
隣に座るように言われてはミルキの事を気にしながらキルアの隣に腰を下ろした。

「覚えてろよキル。イル兄に言いつけるからな」
「ならオレだってイル兄に”ミルキがに乱暴した”って言いつけてやるよ」
「捏造すんじゃねーよ!」
「なら良い加減イル兄にチクるの止めろっつーの」

ローディング画面でコントローラーのボタンを連打しながらキルアはもう一つのコントローラーをに渡した。
受け取ったは良いが何の説明も受けていないは困惑しながらそのプラスチック製の物を見つめる。
何となく形状は見た事あるもので、おそらく何回かやればどのボタンが何の役目を果たしているのか分かるだろうと気楽に考えていた。
ゲームなんて何年振りだろうか。
社会人になってからは仕事に追われる毎日で高校生ぐらいに遊んだのが最後だ。
今のゲームがどれくらい進化しているのか全く知らないはキルアが選んだゲームに少なからずワクワクしていた。

「これはどんなゲームなの?」
「ん? 2人で協力してゾンビぶっ殺すやつ」
「え……ゾ、ゾンビ……?」
「うん。頭狙えば一発なんだけど結構ムズいんだよ。大丈夫だって。最初はイージーモードにするから。慣れてきたらナイトメアな!」
「ナ、ナイト……メア……?」

暗い画面に映し出されるクリーチャーのような牙と赤のロゴが不気味な雰囲気をよりいっそう引き立てる。
心臓に悪そうな効果音に驚いていると「ビビってんの?」とキルアがニヤリと笑う。
どうしてこう兄弟は似たような趣向なのか。
まさか久しぶりにやるゲームがホラーゲームだとは思わずコントローラーを握る手に力が入る。

*****

「ねぇ! ちょっと待って! どれでリロードするんだっけ?!」
「は? ○だよ○! ほら、来てるって!」
「待って待って待って! 嘘でしょ! やだー! 来ないで!」
「あー死んだ。焦りすぎだろ」

ゲームを始めて1時間。
最初は黙々とキルアのキャラクターを追いかけながら横から顔を出してちまちまと襲ってくるゾンビを撃ち殺すチキン戦法で戦い、徐々に得点が伸び始めたところで前線を任されてからが本番だった。
だんだんとゲームの楽しさを思い出し始め、2人でのめり込んでいた。

「いきなり初心者にハードモードは難しいよ」
「でも上手くなったじゃん。ま、オレとミルキのスコアには程遠いけどな」

ランキングに表示されてる桁外れのスコアを指差しながらキルアがミルキに「な? ゲーオタ君」と首だけで振り返った。
呼ばれたミルキはチェアを回し、お菓子を食べながら「非公式だけど全1だし抜けないのは当然だろ?」とさもあっさりと言った。

「え……全1っていうのはまさか」
「全世界1位ってこと。公式大会とかがあるわけじゃないんだけど、ネットで調べるとこれ以上のスコア載せてるやつら居ないんだよ」
「はぇー……お二人って、凄いんですね」
「べっつにー。オレが上手すぎるだけだから」
「おい。ルートと作戦決めたのオレだぞ」

なんだかんだ憎まれ口を叩き合う2人だが一緒にゲームをしたりする事もあるんだと思うと兄弟仲は不仲ではない様子で安心した。
そこでは考えた。
もしかしたらこれをきっかけに少し特殊な趣味を持っているミルキとも少しは仲良くなれるのではないだろうかと。

「……良かったら、一緒にやりませんか?」
「は? ヤだよ。オレはこっちで忙しいし」
「オレだって嫌だよ!」
「でも……上手い人のプレイを見るのも参考になりますし、ね?」

は持っていたコントローラーを振った。

「全1ってのを見せてください」

ミルキは無言でお菓子を食べていたが、キーボードに何かを打ち込みマウスを2回程操作した後、「……1回だけだからな」と重たそうな身体をチェアから持ち上げる。
嫌そうな顔をするキルアが小さく「マジかよ」と言うのが聞こえ、はキルアの膝を軽く叩きながら「キルア大先生のプレイもちゃんと見てるからね」と鼓舞すると「お、おう」と少し照れたようにキルアは頬を掻いた。
そんな2人のやり取りを気にせずミルキはの隣にドスンと座わるとコントローラーをの手から奪う。
ブツブツ独り言を言いながらボタン操作の感触を確かめるように忙しなく動く指には「……これがゲーマーの動きってやつですか」と感心した。

「ミルキってゲームするときずっとブツブツ言ってるからキモいよな」
「それだけゲームに対して真剣なんだよ。凄いことだと思うよ」
「ふーん。まぁ見てろよ。なぁブタ君。あのルートで良いんだよな?」
「初手閃光からの樽爆破で左ルートな」
「はいはい」

何が何だかわからない単語が飛び交うのをは間に挟まれながら聞いていた。
ゲームスタートまで後15秒。
これから始まる異次元なプレイに緊張してしまいは背筋を伸ばして画面を見た。


2020.09.21 UP
2021.07.230 加筆修正