パラダイムシフト・ラブ2

19

次の日からの朝は執事との攻防戦から始まりを告げる事となった。
だいぶ足の痛みも引き、少しずつ普通に歩けるようにもなったかがイルミの居ない環境というのは苦難の連続である事を自覚した。
朝の目覚ましは執事のドアのノックから始まり、前回のことを踏まえてはドアを開ける前に必ず誰かを訪ねることにした。
”執事のゴトーで御座います”と、足の痛みを作った張本人の声だと確認し、恐る恐るドアを開けると、またしても額にコインを食らった。
何でも理由は「痛めつけた相手であってもお前はドアを開けるのか」と言われてしまった。
その次の日はゴトーとは違う人がドアをノックをして名乗ったため、は安心してドアを開けると名乗った女性執事の背後に居たゴトーがすかさずコインを飛ばしてきた。
この一連の行動が何を意味しているのかをこの世界の文字の書き取り練習をリビングルームで行うはキルアに聞いた。

「だって危機感ねーじゃん」
「……そ、そうかなぁ?」
「ゴトーは意味なく意地悪するような奴じゃねーよ。兄貴から何か指示でも受けてんじゃねーの?」
「イルミさんから?」

チョコレートを高く投げるとキルアはそれを落とさずに口でキャッチした。
確かに最初は怖かったが、あの初日以来痛めつけてくるようなことはしてこない。
しかし、何の為にそんな事をされているのかには分からず、若干納得がいかなかった。
もしキルアの言うようにイルミから何かを言われているとしたら何が目的なのか。
のペンが止まるとキルアが目敏く「手、止まってる」と指摘する。

「でも、指示って何の?」
「さぁな。ま、あの兄貴のことだから”立派な暗殺者に”とかそんなんじゃね?」
「む、むむ無理だよ!」
「でもウチ暗殺一家だぜ? もそのうち仕事に駆り出されたりすんじゃねーの?」
「ただでさえここ1週間ずっとコインでおでこ狙われてるのに……?」
「なら攻撃を避けられるようになる特訓とか?」

結局今日もコインを額で受けてしまい若干赤くなっているおでこをキルアに見せた。
それを見たキルアは「うわ、痛そう」と笑うがすぐに「でも避けりゃ良いじゃん」と分かりきっていることを簡単に言う。
それが出来れば綺麗な額で居られるが一般人にとってはなかなか避けられないものだ。

「無茶言わないでよ……」
「そもそも気配で分かるもんじゃねーの?」
「一般人には分からないの」
「ふーん。だから手止まってるって」
「あ、はい……」

新しく文字を覚えるというのはなかなか大変だった。
英語のアルファベットは簡単だが、こちらの世界はひらがな、カタカナ、漢字の概念がなく、記号のようなものが文字として使われている。
ただ、幸いなことに51音は同じなようで少しずつではあるが読めるようにはなってきた。

「今日の分終わり! じゃぁキルア先生、お願いします」
「はいはい。今日は全問正解しろよなー。全問正解出来るまでとはゲーム禁止って親父に言われてるし」
「私の成長はキルア君にかかってるってことだね」
「オレのゲームタイムはにかかってるってことも忘れんなよ」

キルアは黒のペンを取って紙に何かを書き始めた。
10ページほどめくったところで「でーきた」とニヤニヤするキルアに若干嫌な予感がした。

「はい、これ」
「キ、キルア、は!」
「んじゃこれは?」
「……カッコよ、くて?」
「良いじゃん。どんどん行こうぜ。次これな」
「てんさい!」
「おー! すげー! 次行こうぜ次! こっからマジで傑作だから」

ニコニコ笑いながらキルアはが読み上げる速度で紙をめくる。

「イル……ミは、ロ、ンゲで……しゅ、しゅ、しゅせ、んどの……へんた……いってちょっとキルア君! 変なこと言わせないで!」
「ヤベー! 超ウケる! マジ兄貴に聞かれたらぜってー殺されるわ!」
「やめてよ! も、もう少し真面目なのにしてよー! どうせ次来るの”ミルキは”でしょ!」
「察しが良いじゃん。今のカウント入れて後2つな。頑張れ!」
「……日常的に使う言葉にして欲しいんだけど」
肩を落としてため息をつくを横目に「使うから心配すんなって」とキルアが笑う。

「ほい」
「……ゲー、ム……オタク……はキルア君が使う言葉でしょ?」
「もしかしたらもミルキと喧嘩するときに使うかもしれねーじゃん? じゃあラスト」
「ブ……ブタっあ!」
「よっしゃ! オレ親父に報告してくる!」
「ちょ、ちょっとキルア君!」

キルアは嬉しそうな顔をしながら立ち上がるとそのまま走ってダイニングルームから出て行ってしまった。
最初の頃はちゃんとした言葉を問題にしてくれたがよっぽど一緒にゲームがしたいのか兄弟ネタを持ち出してくるとは思わなかった。
どこまでも子どもらしいキルアに「もう……しょうがないなぁ」と笑みを浮かべながらは机に広げたノートとペンを片付け、柱にかかる時計を見た。
丁度時刻は昼下がり。
朝、シルバに何か手伝える事は無いかと聞くと執事の手伝いはどうかと提案された。
昼食の後なら執事達の訓練を終えたゴトーが休憩を取ってる事を教えてもらい、執事達の住む屋敷に行く許可を貰った。
正直ゴトーと話すのは緊張するし良い思い出がないため気が引けたが、自分が出来る事をし、この屋敷でのポジションを確立するためには避けては通れない相手であることは分かっていた。
どんな顔をされるかはおおよそ予想がつくが、シルバから「俺の名前を出せば良い」と言われているためその言葉を勇気に重たい腰をあげ、は勉強道具をイルミの部屋に置いてからゴトーの元へ向かう事にした。


2020.09.26 UP
2021.08.01 加筆修正