パラダイムシフト・ラブ2

20

は執事達が暮らす別館に到着し、近くに居た執事に事情を話すとすんなりとゴトーの執務室を案内してくれた。
てっきり何か意地悪をされたり、追い返されたりするのではないかと思っていたが意外にも優しく接してくれる事には少々驚いていた。
1階の突き当たりの重厚そうなドアの前まで案内されると案内してくれた執事は頭を下げるものだからも慌てて頭を下げた。
「こちらが執事長の執務室です」と案内してくれた執事にもう一度頭を下げてドアに向き直った。
シルバーの装飾が光るドアノブを見つめながらは気合を入れてドアをノックした後「です」と名乗ると扉の向こう側からくぐもった声で「入れ」と聞こえてきた。
しかしいざドアノブを捻ってもその扉はビクともしない。
もしかしたら引くのかもしれないと思い、引いてみたがそれでも開かない。

「え? 何これ? 開かない……?」

ドアノブは捻る事は出来るがその先が全く進めない。
肩に体重を乗せてドアを押しても動かず、再度足で踏ん張りながらドアを押すと急に扉が開いて身体のバランスを崩した。

「わぁっ!」

危うく倒れそうになったが、誰かの胸に飛び込んでおりその危機は免れた。
真っ赤なタイの装飾を間近で見ながらは顔をあげると不機嫌そうな顔をしたゴトーと目が合い慌てて身体を離して頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! あの、全然開かなくて……助かりました」
「旦那様からは話しを聞いてる。さっさと入れ、グズ」
「グッ……グズ……」

聞き捨てならない2文字には顔を引きつらせながらも文句は言わず、言われた通り中に入りドアを閉めようとしたがドアは一向に動かない。
それでもゴトーが押せば簡単に動くドアにはもしかしたらゴトーにしか反応しないドアなのではないかと首を捻る。
燕尾服を翻し、大きなデスクに戻るゴトーを見ながらは多少緊張した面持ちでデスクの前に立った。

「で、何の役にも立たないお嬢さんがこのオレに何の用だ。改めてテメェの口から聞いてやる」

何か悪い事をしたわけではないが、その重圧感には唇を噛み締めた。

「……な、何か、お手伝い出来る事は……ありませんか?」
「あのドアも開けられねぇような人間にこの屋敷で手伝える事なんて何一つねぇよ」
「あのドア?」
「お前が開けられなかった”あのドア”だ」

は振り返って開けられなかったドアを見つめた。

「……あのドア、ゴトーさん専用とかじゃないんですか?」
「は?」
「あ、いえ……何でも無いです」
困惑しながらゴトーを見るに対してゴトーはふんぞり返りながら「この屋敷に居る人間なら全員開けられる」と言った。

「そ、そうなんですか!? な、何か仕掛けとか……あるんですか?」
「100キロ」
「100……キロ?」
「あのドアの重さだ馬鹿」

自分の耳を疑いそうになった。
何のためにそんな重いドアが存在しているのか。
は首を傾げながら「誰も入れないように……するためですか?」と率直に聞いてみるとゴトーは鼻で笑った。

「訓練のためだ」
「訓練……ですか?」
「此処はあの一流暗殺一家のゾルディック家の敷地だ。雇い主である旦那様達をお守りするために執事は過酷な訓練を毎日強いられる。侵入者を一匹残らず排除するためにな」

”侵入者”という言葉がまるで自分の事を言ってるように聞こえたは何も言えなかった。

「この屋敷の物は全て一般とは違う重さに作られている特注品だ。オレ達は旦那様達にとってはただの肉の壁。旦那様達の役に立ちたいんであれば執事同様のスキルを持って貰わねぇと話にならねぇ」
「……ど、どうすれば、良いんですか?」
「そんなのテメェで考えろ。その頭の中に詰まってんのはスポンジか何かか?」
「……いえ、違います」

は俯きながら考えた。
このまま何もせずにただ屋敷でイルミの帰りを待っているだけでは何も進展はしない。
辛うじて文字は読めるようになったが、それだけだ。
は少し考えたあと「あの」と切り出した。

「その……わ、私もその訓練に混ぜてください!」

の言葉に一瞬驚いたような表情を見せたゴトーはすぐに「死にてぇのか?」と言う。

「死ぬような訓練なんですか?」
「今のお前ならな」
「……で、でもそれぐらいの覚悟がないと、此処ではやっていけませんよね?」

の目は真剣だった。
少しでも守られる女から隣に並べる女になって、イルミには一人の女性として見てもらいたい。
はその一心でゴトーを真っ直ぐに見るとゴトーは何が可笑しいのか突然笑い出した。

「ならあのドアを開けれたら考えてやるよ」

はゆっくりと後ろを振り返って何の変哲もないようなドアだが、重量が100キロもある鉄の壁を睨んだ。


2020.09.28 UP
2021.08.01 加筆修正