パラダイムシフト・ラブ2

21

汗だくになりながら懸命にドアを押すは袖で額を拭った。
ビクともしないドアを見ながらは床に座り込むと後ろから「そろそろ夕飯の時間だぜ?」と意地悪な言葉が飛んでくる。
は頭を降り、自分を奮い立たせて立ち上がるとドアに触れた。
一見何の変哲もないドアだが、の前には大きな壁として立ちはだかるその存在にどうやって力を入れれば開くのか考えた。
ドアノブを捻っていた手は真っ赤になり、指先の皮が少しだけ剥けてしまい触れるだけで痛かった。
この屋敷に住む人間は皆開けられるという事に悔しさがこみ上げてくる。
所詮しがない一般人なのだから開けられなくて当然なのかもしれないが、どうしても開けたかった。
後ろから痛い視線を受けながらは大きく深呼吸をして再度ドアノブに触れると指先から電流が流れるような痛さに顔を歪まさせる。
渾身の力でドアノブを捻って引っ張るが力がうまく入らず、の手はドアノブから離れてしまい後ろに倒れた。

「時間切れだ」
「……えぇ……時間、ですか?」
「退けグズ」
「まだグズって……」

黙って見ていたゴトーがの身体を軽く蹴る。

「開けられなかった時を思い出したじゃねぇか」
「え……ゴトーさんも、開けられなかった時代が、あった、んですね」

は身体をゆっくりと起こしてゴトーを見上げる。
真っ直ぐにドアを見るゴトーは首を鳴らしながら「歳取ると独り言が増えてだりぃな」とドアノブに手をかけた。

「確かこれを、両手でこう持って、身体の重心を落として下半身に力を入れて引いたなぁ」
「……ゴトー、さん?」
「あの時は少しずつ動かしてたっけか」

しかしゴトーは目の前でいとも簡単にドアを片手で開けてしまう。
呆気にとられて見ているとゴトーは振り返って「何してやがる。行くぞグズ」とを見ながら言う。
は眉間に皺を作りながら「あ、あの……グズじゃ、ないんですけど……」と返すと鼻で笑われた。

「足手まといは”グズ”で十分だ。夕飯いらねぇって言うんなら其処でへこたれてろ」
「でも、開けられるようにならないと……混ぜてもらえませんし」
「オレは”今日中に”とは言ってねぇ。けど、そのスポンジみてぇな頭がそう解釈したならそう思ってろ」

また挑戦しても良い。
そう聞こえたは慌てて立ち上がってゴトーの後を追った。

*****

「は? 執事の訓練が見たい?」
「そ、そうなのキルア君。一緒に見に行って欲しいの」

次の日、結局おでこを赤くさせながらはキルマの前で手を合わせた。
ソファに寝そべりながらチョコロボ君を頬張るキルアは不思議そうな顔をしながら「何で?」と聞いた。

「えっと……どんな事してるのか……気になって」
「訓練ってあれだろ? 戦闘訓練だろ?」
「戦闘訓練?」
「そーそー。ウチの門突破してきた輩を追い返すための訓練。滅多に入ってくる奴居ないけど、時々居るんだよね。バカが」

もぐもぐと口を動かしながら不届き者が屋敷に侵入しないように新人の執事が立って見張りを行っている事を教えてもらった。
確かにがこの屋敷に到着する前、出会った執事は自分の事を”見習い”と言っていたのを思い出した。
もし執事の仕事を手伝えるようになったら自分もあのように1人で森の中立って見張りをするのかと思うと少しだけ怖かった。

「訓練なんか見たって面白くねーと思うよ?」
「どうして?」
「んー。そもそもは基本がなってないから。そんな状態で見たって何してんのかわかんねーよ」

ずばり痛いところを突かれては苦笑いを浮かべた。

「未だにゴトーのコイン避けれてねーし」

確かにそうだと思った。
ならどうすれば自分はこの家で役に立てるのだろうか。
腕を組んで考え込んでいるとキルアは「そうだ」とソファから身体を起こした。

「かくれんぼしようぜ」
「かくれん……ぼ?」
「庭でさ、オレが隠れるからは宝を守るってゲーム」
「宝? それって缶蹴りじゃなくて?」
「何それ? かくれんぼだろ? なぁなぁ! やろうぜ!」

最近引きこもってばかりだったからかキルアの目はキラキラと輝いていた。
もしかしたら何かのきっかけになるかと思ったはその案に乗り、早速机に広げて手つかずのままの勉強道具を片付けた。

勉強道具をイルミの部屋に置いた後、とキルアは庭に出て何処から持ってきたのかキルアをロープで円を作るとその中にを立たせた。
円の中心にチョコロボ君の箱を立て、それを指差して「これがお宝な」とキルアが笑う。

「この円がの陣地。で、オレは隠れてこのお宝を陣地から出せば俺の勝ち」
「やっぱ缶蹴りだよね?」
「だからかくれんぼだっつってんだろ?」
もしかしたら日本とこの世界では遊びの呼び方が違うのかもしれないと感じたはゆっくりと頷きながら「えっと、私はこのチョコロボ君を守れば良いんだよね?」とルールを再度確認した。

「まずはそこからで良いんじゃね? じゃ、オレ隠れるから。10数えたらスタートな!」

はもう一度頷いたあと自分の目を両手で覆いながらカウントダウンを始めた。
視界が奪われた事でいろんな音が聞こえた。
鳥のさえずりや、葉が揺れる音。
自然の音は心地良く、何だか小さい頃に戻ったような気がした。
数え終わったはゆっくりと手を下げて辺りを見回したが、キルアが隠れているような痕跡は何処にもなかった。
しかし、透明になれるわけではない。
必ず何処かにキルアが隠れていて、自分からは見えない場所でお宝を狙っている。

「よーし! キルア君、行くよー!」

が大きな声を出して、陣地から足を出した時、一瞬だけ足元に風を感じた。
反応するよりも早く、何かが当たったような音がした。
まさかと思い振り返るとチョコロボ君が宙を舞っていた。

「嘘、でしょ……」

陣地からはじき飛ばされたチョコロボ君を見てはそう呟かずにはいられなかった。


2020.09.28 UP
2021.08.01 加筆修正