パラダイムシフト・ラブ2

23

が文字を読めるようになった事で解禁となったキルアのゲームタイムに付き合うため、夕飯の後は決まってはキルアに連れられてミルキの部屋に来ていた。
ミルキの部屋はショッキングな部屋だが、キルアの言う通り何度か訪れるとフィギュアの存在も全く気にならなくなっていた。
遠慮なく入るキルアに続いて苦笑いを浮かべながら「お邪魔します」と挨拶するにミルキは見向きもせずパソコンで何かを打ち込んでいた。
いつもは女の子のイラストが画面にでかでかと表示されているが今日は違うらしい。
キルアがゲーム機の準備をしている間、はミルキの横に立ってその画面を見ていた。
タイピングの速度が早すぎて何をしているのかは全く分からないが、パソコンの画面を真剣な眼差しで見ているミルキの姿がどこか同僚と重なり何だか懐かしくなった。

「……何だよ。見られるの好きじゃねーんだけど」

の視線に気がついたミルキは小さく舌打ちをするが、それでも画面からは目を離さない。
正確なブラインドタッチに関心していたはミルキの言葉で現実に戻されて「え?」と返した。

「あぁ、ごめんなさい。凄いなぁって思って」
「凄い?」
「ミルキさんはエンジニアなんですか? 何がどうなってるのかは分かりませんが、今打ってるのってプログラミングですよね」
「文字読めなかった奴がプログラミングとか分かんのかよ」

ミルキが中指で力強くエンターを押すと画面が切り替わり、真っ黒なウィンドウの画面に文字の羅列が走る。

「え、えっと、テレビでこういうの見たことがあって」

細い目をさらに細めるミルキには慌てて答えた。
自分は設定上何処にあるか知らない”りゅうせいがい”の出身で、何も知らないという事になっている。
そんな人間がいきなりプログラミングの事を言えば疑いの眼差しを向けられるのは当然のことだ。

「真っ黒の画面にコマンド、でしたっけ……そういうのが打てる人は知識とか技術がないと出来ないって紹介してましたよ。だから、ミルキさんは凄いなぁーって」
「……まぁオレがゾルディック家のIT関係担当してるからこれぐらい余裕だし」

ふいと視線を逸らしたミルキは口を尖らせながらまた画面を見てしまった。
ミルキは口こそ悪いが聞いた事には答えてくれるし、部屋に来るな入るな帰れとは言うが無理やり追い出すような事は一度だってない。
いわゆるツンデレという部類の人間なのかもしれないと思うと少し人間らしさを感じて笑ってしまった。

「何だよ。まだ何かあんのかよ」
「何をしていたのかなと思って」
「……依頼メールを自動振り分けしたいってゼノじぃちゃんが言って今そのプログラムを組み込んで」

”メール”という言葉には体が固まった。
どうして今まで気がつかなかったのか。
得意気になりながら自分のプログラミングの凄さを説明するミルキを遮ってキルアがを呼ぶが全く耳に入ってこなかった。

「ミルキさん!」

思わずミルキの手を掴むと掴まれた本人は「な、何だよ急に!」と驚いた。

「メールです!」
「は?」
「メール! イルミさんに、メールを送れませんか?」
「イル兄に……?」
「はい! お仕事頑張ってくださいって……文字も読めるようになったことを伝えたいんです!」

ミルキにが詰め寄ると女性の免疫がないからかミルキは顔を赤くしながら「そ、そんなの帰ってきてから言えよ!」と叫ぶ。
確かにミルキの言うように帰ってきてから報告をすれば良いのかもshりえないが、連絡が取れる手段があるなら早く伝えたかった。
此処数日、は夜部屋に戻ると何もない部屋に1人でぽつんと居ることに寂しさを感じていた。
ベッドに入って思う事はイルミの事ばかりで、仕事は順調なのかや怪我などはしてないか、ご飯はちゃんと食べているのか等を考えるようになっていた。
姿が見えなくても声を聞けなくても、何かで繋がれるものがあるなら繋がりたかった。
目まぐるしく過ぎていく時間にの頭の中からは”メール”という文明の利器はすっぽりと抜け落ちており、そのチャンスが今の目の前に転がっているなら追いかける手はない。

「お願いですミルキさん! メールを送らせてください!」
「嫌だ! さっさとキルとゲームでもしてろよ! オレは忙しいんだ!」
「ほんのちょっとだけ! 1通だけで良いんで!」
「うるせぇ!」

ミルキはの手を振りほどくと乱暴にの肩を押した。

「うわぁっ!」

そのまま倒れたは椅子に座るミルキを見上げると、カシャっとシャッター音が部屋に響く。
ミルキとは同時に音がしたほうがを向くと、携帯のようなものを構えたキルアが意地悪そうな笑みを浮かべていた。

「ブタ君がに乱暴したとこ撮っちゃった」
「キルてめぇ! っつーかキルだって携帯持ってんだろ!? あいつの使えよ!」
「兄貴のアドレスなんか入れたら呪われそうだから登録してねーし。でも、ブタ君がアドレス教えてくれるんならはオレの携帯使えば良いよ。ま、その前に兄貴にこの写真を送るけどな」

”どうする?”と問いかけるキルアの目にミルキは歯ぎしりをする。
横目で尻餅をついているを見たあと、折れたのはミルキの方だった。

「あークソ! い、1通だけだからな!」
「ほ……本当ですか!? 良いんですか?」
「さっさと終わらせろよ! オレはマジで忙しいんだからな!」

目の前でミルキはマウスを操作し、何かを準備してくれているようだった。
はキルアの方にもう一度顔を向けると、キルアは親指を立てて「ブタ君にまた意地悪されたらオレに言えよ。これで脅すからさ」と撮影した写真をに見せて笑った。
抜け目のないキルアには「お兄ちゃんにそんな事しちゃ駄目だよ」と困った表情を浮かべながらも感謝していた。
ゆっくりと立ち上がってモニターにはメールの作成画面が立ち上がっておりはミルキを見る。
ずいっとの方にキーボードを寄せると頬つえをつきながらミルキが「さっさと打てよ」と急かすが、キーボードを見て絶句した。
キーボードのキー一つ一つに記号のようなものが印字されており、見る限りかな入力に近い雰囲気があった。
ローマ字入力であればブラインドタッチは出来るが、かな入力はやった事がなかった。

「で、では……お借りしますね」
「壊すなよ」
「頑張り……ます」

は中腰の姿勢になりながら人差し指で文字を少しずつ打っていく。
覚えた文字を必死に思い出しながら一文字をゆっくりと打つっていると後ろからはゲームの音、横からは「早くしろよ!」と急かす声が聞こえたが、一度打ち始めたら伝えたい事がありすぎて「も、もうちょっとだけ!」とまるでパソコン覚えたての時のようなワクワク感が蘇ってきた。
年季がはいっているのかところどころキーの文字が消えている箇所があり、それをミルキに聞くと「これぐらい覚えろよ。これだからど素人は」と悪態をつかれるがちゃんと教えてくれる辺り、この人もまた素直じゃない人なんだなと感じられて楽しかった。
そんな楽しそうな表情でキーを打つの顔を見ながらミルキはため息をつきながらその光景を見ていた。

メールを打ち終えると大仕事をこなしたかのような一息がの口から漏れた。
結局内容は寝る前に考えているような事と、最近執事長であるゴトーと攻防戦を繰り広げている事とキルアにコインを避けるための特訓をしている事だった。
1人で遊ぶのに飽きたのか途中からかキルアも横に並んで画面を見ており、の文章を読んで「長すぎじゃね?」と笑った。
「送信ボタンはどれですか?」とがミルキに聞くとふてくされたような顔で「上の左のアイコン」とだけ答えた。

「えっと、これですか?」
「は? ちげーし。その横の……」

ミルキが正しいアイコンを指示する前にが違うアイコンをクリックしてしまうと、モニターには別のウィンドウが立ち上がりパっと達を映し出した。
モニターについてたカメラが作動してしまったらしく、3人の間抜けな顔がモニターに映りミルキ以外が笑う。

「何て顔してんだよ! ブッサイクだなぁー!」
「このモニターってカメラが搭載されてたんですね! あーびっくりした!」
「良いから閉じてさっさと送れよ! こっちは待ってんだよ!」
「……そうだ! 折角だから皆で撮りましょうよ!」

はカメラマークの隣にある時計を見てタイマー設定ではないかと予想した。
試しにクリックしてみると”秒数設定”と書かれたポップアップが出てきてすぐに5と入力して教えてもらったエンターキーを押した。

「ほらほら、撮影が始まりますよー!」

学生時代にゲームセンターで撮った写真シール機を思い出しては画面から少し離れた。
「オレぜってー嫌なんだけど」と言うキルアだが画面を見ながらの頭からひょっこり見える程度の位置に付く。

「ふざけんなよお前ら!」
「はーいじゃぁ押しますよー!」

がカメラマークをクリックするとカウントダウンが始まった。
ミルキはすぐに身体を引いて画面に映らないようにしたががそれを許さなかった。

「あ、駄目ですよ! パソコンの先生であるミルキさんも写らないと!」

はミルキの腕を掴んで自分の方に引き寄せる。

「止めろよ! 離せっつーの!」
「どうしてですか! 皆の元気な姿を見ればイルミさんも安心しますよきっと!」
「逆効果なんだよ! あとデコを出すな!」
「こういう写真は面白い方が思い出に残るもんですよ! プリクラ撮った事無いんですか?」
「ぷりくら? なんだよそれ! 良いから離せよ!」
「おい、そのまま動くな!」

モニターからカシャリとシャッター音が鳴り、モニターに撮影された写真が画像として映し出される。
おでこを晒して笑うと、その後ろから顔を覗かせてピースをするキルア、そして画面から外れようと必死な形相を浮かべるミルキ。
こうして撮れた一枚は無事イルミの元にメール本文と共に送られた。


2020.10.05 UP
2021.07.22 加筆修正