パラダイムシフト・ラブ2

30

珍しくイルミからの誘いでヒソカはとあるバーに来ていた。
滅多にない誘いを断るわけがないヒソカは店内に入ると奥に案内され、既に席に座ってグラスを傾けているイルミを見て「先に始めてるなんて酷いじゃないか」と笑って隣に着席した。

「イルミから誘うなんて珍しいこともあるもんだね」
「……ちょっと聞きたい事があってさ」
「何だい?」

グラスを静かに置いたイルミはヒソカを横目で見ながら一言「から返事が来ない」と呟いた。
聞き間違いかと思ったヒソカは瞬きをしながら「もう一回言ってくれるかい?」とお願いする。

からメール貰ったんだけどさ、それに返したのに返事が来ないんだよ。何で?」
「何でって……ボクに聞かれても。あ、いつもので」

オーダーを取りに来た店員に素早く注文を告げて追い返したヒソカはワクワクしていた。
アンニュイな表情をしながら頬杖をつくイルミは「女って訳分かんない」と言いながらため息を零していた。

「お姫様って携帯持ってたっけ?」
「持ってないよ。弟のミルキからのアドレスからだったんだけど返事が無いんだよ」
「お姫様からは何て来たんだい?」
「んー……なんかウチの執事に毎日コインで遊ばれてるって。でも頑張ってますみたいな内容」
「ふーん」

ヒソカも同じように頬杖をつきながらイルミを見て目を細めた。
先日、イルミに内緒での元を訪れていたヒソカはふいに赤くなったの額を思い出していた。
あの赤みはコインで出来た赤みだったのかと納得しながらヒソカは「それで、イルミは何て返したの?」と続きを促した。

「”了解”って」
「ん?」
「だから、”了解”って送ったんだってば」
「……イルミって仕事以外でメール送らないの?」
「送る訳無いじゃん。そもそも誰に送るのさ。ヒソカと一緒にしないでよ」

「オレ暇じゃ無いし」と言うイルミにヒソカは吹き出しそうになった。
メール不精にも程があるイルミのセンスにヒソカはだんだん面白くなってきた。

「何笑ってんの? 結構切実なんだけど」
「ごめんごめん。女の子へのメールって難しいよね」
「だから遊んでばっかのヒソカに聞いてるんだよ。何で返事返ってこないの? オレなんか間違えた?」

口が裂けても送れない環境に居ると言えなかったヒソカは考えるふりをしながら「ボクよりも参考になるのが居るじゃないか」と自分から矛先をズラした。
その言葉にイルミは「誰?」と眉間に皺を寄せながら首を傾げた。

「クロロとか」
「ありえないでしょ。どう考えたっておっさんな考えしかしなさそうじゃん」
「……クロロが聞いたら泣くよ?」
「別に良いよ。それよりもオレは何で返事が来ないのか知りたいんだってば」
「なら自分で聞いてみれば良いんじゃないかな?」
「それはなんかヤだ」

あれもやだ、これもやだのイルミはまるで思春期の男子のようだった。
タイミングよく店員がヒソカが頼んだカクテルグラスを運んできて、静かにヒソカの前に置いた。
お気に入りのカクテルに匂いを堪能しながら口をつけるとイルミは「ヒソカって女にどんなメール送ってんの?」と聞いてきた。
真顔で聞いてくるあたり本人には恋バナの相談をしている自覚がないのだろう。
ヒソカは「そうだねぇ」とニコニコ笑いながらグラスを置いた。

「ボクは思ってる事をストレートに伝えるよ」
「ストレート?」
「そ。会いたいとか、寂しいとか、心配とか……そんな感じかな」
「ふーん。あんまり参考にならないや」

実際は嘘だが、今のイルミにはストレートに感情を伝えさせた方が面白いと感じたヒソカは「イルミはお姫様をどう思ってるの?」と聞いてみた。

「面白いよ?」
「それ答えになってないって分かってないよね?」
「だって本当に面白いし。あー、あと退屈しないね」
「じゃぁ今は退屈?」
「まぁ仕事中だし退屈ってわけでもないけど。でもなんか……時々へなちょこなパンチは見たくなるね」

”あぁ、あれか”と思い出しながらヒソカは「うんうん」と頷いて聞いていた。

「あとあれだ。オレ結構カテイノアジ好きなんだよね」
「何それ?」
の世界にある料理って言うのかな? 味は薄いんだけど後引くんだよ」
「……へぇ」
「ずっとホテルだとさ、そういうの恋しくなるんだよね。シラタキってのがさ、変な奴なんだけど案外イケるんだよ」

求めている言葉がイルミの口から出てこなくてじれったくなってきたヒソカはカテイノアジについてペラペラと語るイルミに「それをお姫様に素直に伝えてみたら?」と提案する。
ここはバシっと”お前のカテイノアジが恋しい”と伝えて欲しかった。

「何を?」
「お姫様の手料理が恋しい、とかさ。喜ぶんじゃないかな?」
「……オレ仕事中で帰れないんだけど」
「分かってないなぁイルミは。そしたら帰ってきた時に作ってくれるかもしれないだろ?」
「ふーん。そういうもんなの?」
「そういうもんさ」

言われるがままイルミは携帯電話を取り出して何かを打ち始めた。
なんだかんだ言って行動派のイルミの携帯を覗き込もうとしたら「ちょっと邪魔」と画面を隠されてしまった。
一体どんなメールを送るのか。
そればかりが気になってしまったヒソカは「何て送るんだい?」と聞く前にイルミは文字を打ち終えて携帯電話をテーブルの上に置いた。
その早さにヒソカが「え? もう送ったの?」と聞くと、イルミは「うん」と頷いた。

「ねぇねぇ。なんて送ったのか教えてよ」
「やだよ。何で教えないといけないのさ」
「ボクこれでもアドバイスしたんだからさ、成果報酬として教えてくれても良いじゃないか」
「成果報酬の意味知ってる?」
「……イルミは手厳しいなぁ」

ヒソカは喉で笑いながらグラスをもう一度傾けた。
今は知れなくてもをつつけばどんな内容が来たかわかるだろうと踏んで口の中にカクテルを招き入れた。

*****

部屋の電気を消し、ヘッドフォンを装着したミルキはパソコンのマウスを握りしめながら息を荒げていた。
モニターに映るイラストの女の子がぬるぬると動く。
ヘッドフォンから聞こえる女の子の甲高い声に身体を震わせながら左手をゆっくりと下半身へと伸ばす。

「はぁ……はぁ……」

漏れる息遣いは聞こえない。
イラストの女の子が喘ぐのに合わせてズボンのチャックを下ろそうとした時、喘ぎ声に混じって機械音が一瞬混ざる。
メールの受信音にいつもの癖で素早くモニターに右端を見ると予想していなかった人物からのメールにミルキは身体を強張らせた。
本当は今すぐにでもそそり勃つ自分に触れたかったが、無視すると痛い目を見る相手だったためミルキは小さく舌打ちをしながらそのメールを開いた。

「クソッ……良いとこだったのに……」

メールが読み込まれ、画面に本文が表示された時ミルキは思わず「は?」と声を漏らした。

「にくじゃが……が……良い? イル兄何言ってんだ……?」

聞きなれない言葉と脈略の無い本文にミルキは眉間に皺を寄せるそそり勃っていた自身が徐々に元気を失っていく。

「送る相手間違えてんじゃねーの?」

”イル兄どうした?”と返すとすぐに”に伝えて”とだけ返ってきた。
今はゴトーの元で訓練を受けているとは口が裂けても言えない。
ミルキの返信を打つ指が止まり、少し考えた末、無難に”了解”とだけ打ってボールボックスを閉じた。


2020.10.11 UP
2021.08.02 加筆修正