パラダイムシフト・ラブ2

31

眠い目を擦りながら起床したはまだぼんやりとする頭を揺らしながらベッドから抜け出すとテーブルに置かれた自分の眼鏡に手を伸ばした。
クリアになる視界で改めて部屋を見渡すとイルミ程ではないが質素な部屋でこのような部屋で執事達が暮らしていると思うと”執事”という職業に興味を持った。
住み込みなのだろうか、給料などはどうなっているのだろうか、休日はあるのだろうか。
そういう勤務条件をまだ考えてしまうあたり社会人感覚が抜けきれてないなとは自分を笑った。
その横には真新しい黒い燕尾服が置いてあり思わず手に取った。
昨日着ていたものはボロボロになってしまいカナリアに謝らないといけないと思ったは洗濯から戻ってきた私服に着替えた後、準備されていた真新しい燕尾服を胸に抱えて窓のカーテンを開けた。
差し込む太陽が眩しくて昨日の豪雨が嘘みたいな晴天が目の前に広がっていた。
今日も”昨日みたいなこと”が行われるかと思うとドキドキする反面、寝る前に窓辺に置いたコインを見て小さく頷いた。
何が起こったのかは分からないが、貰ったコインが自分の頑張りに反映していると自然と頑張れる気がした。

ドアを開けると部屋は2階に位置していたようですぐに階段を降りてカナリアの姿を探した。
ソファに座って新聞を読んでいる執事に話しかけると驚いたような表情をされたあと「カナリアなら執務室に居ますよ」と言われた。
うろ覚えの記憶の中で執務室に向かい、軽くノックをして自分の名前を名乗ると少ししてドアが開いた。
開けてくれたのはカナリアで笑顔で迎えてくれたことに安堵したのも束の間で、直ぐに冷たい声が耳に飛び込んでくる。

「グズ。今何時だと思ってんだ、あ? 言ってみろよ」
「……す、すみません。分かりま、せん……」
「体内時計もグズなのかよ。ったく、テメェのせいで予定が全て狂った落とし前はどうつけんだよ」
「本当にすみませんでした……。あ、あの……い、今はその、な、何時、ですか……?」
「12時だ馬鹿」
「12時!? わ、私……そんなに寝てたんですか? す、すみませんでした! 以後気をつけます!」

が頭を深々と下げると舌打ちが聞こえ、顔を上げられずに居ると二人の間に割って入ったのはドアを開けてくれたもう1人居たの女性執事だった。

「お話中すみません。それで、午後の訓練ですが1番ホールでよろしいですか?」
「あぁ。今日もこのグズはあのホールに閉じ込めるから好きに使えよ」

ゴトーの言葉には身体を強張らせた。
やはりあのコインとの鬼ごっこが始まるのかと思うとどうにも身体に力が入ってしまう。
ロングヘアーの女性が一例すると「失礼します」とを退けて執務室から出て行った。
一瞬目があった時、なんとも言えない拒絶感を感じた。
招かれていないのは当然だが、露骨に態度に出されてしまうと流石のでも傷つき、胸に抱えた服を抱く腕に力がこもる。

「それで、テメェは何の用だ?」
「え? あ、えっとこれ……部屋にあったんですが、き、着て良いんですか?」
「……まさかそれを聞くためだけに来たんじゃねぇだろうな」
「い、いえ! 別件もあるんですが……私なんかがまた袖を通して良いのかどうか……それにカナリアさんから借りた服も昨日ボロボロにしちゃったし……」

がそう答えるとゴトーは面倒臭そうな表情を浮かべながらカナリアに「こいつを連れて行け。飯の後は此処に来させろ」と言いつけると机に広げていた資料に目を落とした。
それに頷いたカナリアは小さく笑いながら「さ、行きましょう。様」と昨日のようにを部屋から連れ出した。
連れて行かれ場所は昨日と同じ風呂場だった。

「あ、あの! 昨日借りた制服……ボロボロにしちゃって、すみませんでした」
「良いんです。分かりきっていたことですから」

一度身体を見られているからか今回は抵抗なく服を脱ぐと昨日同様にカナリアがそれを拾い上げる。

「執事長は素直じゃないんです」
「え? どういう事ですか?」
「……寝かしておけと言ったのは執事長なんですよ」
「で、でも……起こさないから自分で起きろ、みたいなことを言われたんですけど……」
「顔と口調は怖いかもしれませんが、執事長なりの優しさなんです。あの念弾を受け続けるのは並の人間では身体が持ちませんから」
「ねんだん?」

聞きなれない言葉に首をかしげると「そのうち分かる時が来ますよ」と言われ、背中を押されるがままに風呂に入った。

*****

パリっとした燕尾服はの身体に丁度良く合い、なんだか特別な気分にさせてくれた。
食堂で食事を取っている時、カナリアにふと気になっていた服の事を聞いてみた。
どうしてわざわざ執事の服を貸してくれるのか。
ホットサンドを頬張りながらはカナリアに問うと、さも当然のように「イルミ様が買われた服を汚すわけにはいきませんので」と答えてくれてた。
だからと言って燕尾服はないだろうと思っているとこの執事が住む屋敷にはそれ以外の服がないことも教えてくれた。
聞けば服を用意させたのも、こうして自分に時間を割いてくれるのも全てゴトーの判断であることを教えて貰い、の中でゴトーに対する印象が大きく変わった。
見え辛いが全てに優しさがあるのを感じた。
執事達の長に立つ手前、優しくない人間を演じているのだろうと勝手に納得しながらは空の皿の前で手を合わせた。

カナリアに執務室のドアを開けてもらうとは「お待たせしました」と軽く一礼した。
紙の上でペンを走らせていたゴトーはカナリアを見て「閉めて良いぞ」と指示を出す。
ゆっくりとドアは閉まり、はゴトーを真っ直ぐに見つめた。
本当は忙しくて、部下達の面倒を見なければいけないのにこうして”出来ない”自分に付き合ってくれる姿はまるで良い上司だった。

「今日もご指導お願いします」
「オレはさっさと諦めて出てって欲しいんだよ」
「……諦めません」
「ならさっさとそのドアを開けろ」
「え……?」

は振り返ってドアを振り返って顔を青くさせた。
今日はコインとの鬼ごっこではなく、固く閉ざしているドアが相手らしい。


2020.10.14 UP
2021.08.02 加筆修正