パラダイムシフト・ラブ2

33

に会いたい」というキルアの願いを聞き入れたゴトーは寝ているの部屋を案内した。
青白い顔で寝息を立てているを見た時のキルアは驚きながらもその頬に触れた。

「一生懸命家のルールに慣れようとしているんです」

静かに言ったゴトーの言葉がキルアの耳に届いたかは分からなかった。

様の努力を無下にする事は出来ません。全力でサポートしてますので、ご安心下さい」
「……ゴトーが見てるんなら問題ねぇけど……でも、無謀過ぎんだろ」
「それは本人が一番理解しております」
「……暗殺なんて……家業じゃなければ、こいつだってもっと楽だったのに……」
「キルア様……」

の痛々しい手を握ると少しだけの表情が動いた。

「此処までする必要があるのかよ……」
「……手厳しくやれと言われておりますので」
「誰に?」
「申し訳ございません、キルア様。それは私の口からは言えません」

一瞬だけ沈黙が訪れる。
真っ直ぐにゴトーを見つめるキルアには”誰がそう言った”のか見当がついたのか「あのババァ……」と漏らした。
ゴトーはその言葉に反応しないでため息だけついた。

「ノルマをクリア出来ればすぐにお返ししますから」
「……分かった」

キルアは握りしめたの手を布団の中に戻しながら「オレがなんとかしてやるから」と呟き、ゴトーに背中を軽く押されて部屋を後にした。
玄関まで向かう間、2人に会話はなかった。
屋敷のドアを開け、外までキルアを見送るとキルアは振り返った。

「なぁゴトー」
「何ですかキルア様」
「……あのババァの命令があったとしても……のこと、殺さねぇよな」

キルアの問いにゴトーは一枚のコインを投げた。

「それに関しまして我々は」

投げたコインを手の甲で受け止め、すぐに片手で隠した。
ゆっくりとキルアだけに見えるように手を退けたゴトー迷いなく「雇い主の意向に従うまでです」と言った。
コインを見たキルアは小さく頷くと「をよろしくな」と少し寂しそうに笑って屋敷へと帰って行った。
その背中が見えなくなるまで見ていたゴトーは手の甲で裏を向けているコインをジャケットのポケットにしまった。

*****

その日、は屋敷の慌しさに目を覚ました。
何ごとかと思い、すぐに身体を起こすとまた自室として使わせてもらっている部屋に居た。
途中から昨日の記憶がなく、酷い頭痛に顔をしかめた。
それでも何か胸騒ぎがしたは頭に手を当てながらベッドから抜け出してまた用意されていた燕尾服に着替えて眼鏡をかけた。
ドアをゆっくりと開けるとホールに執事達が集まり、ゴトーが何かを話しているのが見えた。
皆慌てたような様子で尋常ではない空気が広がおり、は気づかれないようにゆっくりと動いてゴトーの声が聞こえる場所まで移動した。

「お前らは市街地を、オレとアマネとカナリアは飛行船の経路をたどる」
「しかし、奥様は……」
「応急処置は済んでる。奥様とミルキ様はツボネ先生と後ろの3人で対応してくれ。お前ら良いか。キルア様の追尾が第一優先だ。シルバ様からは監視だけで、決して無理に連れて帰るなと仰せだ」

は胸に手を当ててその話しを聞いていた。
キルアに何があったのか。
自分が寝ている間に大変なことになっているのは分かったが、今の自分に何が出来るというのか。
ニコニコ笑って、ゲームをしようとせがみ、退屈だと言いながらも文字の勉強に付き合ってくれたキルアはこの屋敷を出て行ったのか。
いろんな疑問が頭の中で交差し、の足からは力が抜けてしまいその場に座り込んだ。

「くれぐれもイルミ様には内密にな。後々面倒なことになる」

その言葉を最後に執事一同は「了解」と頷き、各自散り時れとなった。
どうしたら良いのか分からず、目を白黒させていると階段を誰かがのぼってくる気配を感じては顔を上げた。

「……何処まで聞いてた」
「ゴ、ゴトーさん……キ、キル、キルア君は……ど、どう、したんですか? 居ない、んですか?」
「テメェは自分の事だけを心配してろ。キルア様はこっちで何とかする」

いつもとは違うゴトーの冷たい声のトーンに家族と部外者の境界線を引かれたような気がした。

「オレはこれから出る。お前は自主練でもしてろ」
「自主練って……わ、私も何か!」
「何もねぇ。オーラもコントロール出来ないようなグズは足手まといだ」
「そ、そんな……! な、何か役にたてることが」
「ねぇっつってんだろ。グズは大人しく引っ込んでろ」

自分にもっと力があれば、キルアを探すのに協力が出来たのにと悔やんだ。
唇を噛み締めて俯くと少々乱暴に頭を撫でられた。

「絶対に見つかるから心配すんな」
「ほ、本当……ですか?」
「ウチの執事をその辺の執事とはレベルが違う」

その辺の執事がどんなものかは分からなかったが、ゴトーの自信にみち溢れる発言には小さく頷く事しか出来なかった。
降りていく背中を見つめながらは階段の柱を握りしめ、どうかキルアが無事で居て欲しいと願った。


2020.10.14 UP
2021.08.02 加筆修正