パラダイムシフト・ラブ2

34

屋敷が慌ただしい中、ただただ周りを見ているだけだった。
執事の別館に居ても邪魔になるだけだと思ったは気分転換に外に出ることにした。
皆の気持ちとは裏腹な晴天を見上げながらキルアに教えてもらった庭へと一人で向かう。
歩きなれない道をゆっくりと進みながら朧げな記憶を頼りに進むとなんか庭にたどり着くことが出来た。
周りを見れば鎮まり返っており、屋敷内で起こっている騒動を少しだけ落ち着かせてくれるような気がした。
ゴトーに自主練でもしておけと言われたが一体どんな事が自主練に繋がるのか自分なりに考えてみた結果、一人になれる場所で色んな事を見つめ直してみるのが良いと思った。
足元に転がる石を蹴りながら自分が何も出来ない現状に溜息を吐くと屋敷のドアが静かに開いた。

「お。なんだか久しぶりじゃの」

”本日晴天”と書かれた服を着たゼノが笑いながら片手を上げる。
はすぐに「お久しぶりです!」と頭を下げた。

「ゴトーは厳しいじゃろ?」
「え、えぇ……まぁ……」
「ま、これも全てお嬢さんの為じゃ。悪く思わんでくれ」

まるで全てを知っているかのような口ぶりのゼノには小さく「はい」と答えた。
孫のキルアが居なくなってしまったというのに随分のんびりしていることには疑問を持ち、「あの」と真っ直ぐにゼノを見てた。

「ん?」
「キルア君はその……居ない、んですか?」
「ふむ」

ゼノは髭を撫でながらの元へと近づくと「そうじゃな」と小さく笑った。
どうして笑えるのか。
大事な孫でイルミが言うには時期当主のはずなのに心配にならないのか。
そんな思いがの顔に出てしまったのかゼノは「キルなら大丈夫じゃて」との肩に軽く手を置いた。

「で、でも……どうして……急に居なくなったり……何かあったんですか?」
「なんじゃ。ゴトーから聞いとらんのか」

は素直に頷くとゼノは「お嬢さんも過保護に育てられとるのぉ」と背中を向けると小さく咳払いをした。

「一種の反抗期じゃよ」
「反抗期……ですか?」
「今朝の朝食で家業を廃業したいと、言い出したんじゃ。当然キキョウさんが反対しよって……まぁ色々あってキルが手を出してこの家から出て行った。反抗期によくある家出じゃよ」

「誰もが通る登竜門じゃて」と振り返ったゼノには言葉が出なかった。
親に手を出すなんてよっぽど譲れない事があったに違いないのだろうが、部外者の自分が詮索するのも変かもしれないと感じたは一番気になる事だけ聞くことにした。

「と、当然戻って、来ますよね?」
「さぁの。よっぽどの事が無い限りは強制的には連れて帰らんよ」
どうやらゾルディック家では親に手を出すことと家出は”よっぽどのこと”ではないらしい。
複雑な心境でいるとゼノは構えのポーズを取った。
何事かと思い目を点にしているとゼノは笑みを見せる。

「お嬢さんかてゴトーがおらんと暇じゃろ。どうじゃ? わしと少々遊ばんか?」
「えっ、あ、遊ぶって……えっと……何をするんですか?」
「組手じゃよ。わしに一発を入れられたらお嬢さんの勝ち」
「……わ、私が負けたら……何か、あるんですか?」

ゴクリと生唾がの喉を通る。

「そうじゃな……。昼にニクジャガと言うのを作るのはどうじゃろうか?」
「え? 肉じゃが……ですか?」
「ミルキから聞いてのぉ。ジャポンにも似たような料理があるらしくてわしゃそれを死ぬ前に一度は食べてみたいんじゃ」

瞬間的に嫌な予感がした。
は咄嗟に後ろに3歩下がるとゼノは足を蹴り上げていた。

「あ、危ない……!」
「ほぉ。ゴトーもなかなか教育センスがあるもんじゃ。じゃがわしかてニクジャガが賭かっとるからのぉ」
「わわっ! ちょっと、やめっ……!」

殺意は感じられないものの避けなければ大事なことになるのだけは分かる。
ギリギリの距離で交わしていると余裕の笑みを見せるゼノが「どうした? 手は出さんのか?」とを挑発する。
当たらないように避けるだけで精一杯のにそんなことが出来るわけもなく、あっという間に追い込まれ背中に木の幹が当たる。
まずいと思った時にはもう遅く、の喉元に鋭い爪が当てられる。

「まぁ、まずまずの動きじゃろ」

ゼノが手を引っ込めると鋭く伸びていた爪は不思議と長さを縮め、元の長さに戻る。
肩で息をしながらゼノを見ていると「でも、まだまだじゃの」と笑った。
年齢を感じさせない動きに今更驚きながら言葉が出てこなかった。

「どうせ今頃追跡班がキルの居場所を掴む頃じゃて。わしらは昼でも食べながら報告を待つとせんか?」
「……そ、そんなに早く……見つかる、もん、ですか?」
「じゃからわしはなんも心配しとらん。ささ、早く戻るぞ」

手招きをされては大人しくゼノの後を追居かけようとした時だった。
何かを思い出したかのようにゼノはポケットの中から見慣れたコインを一枚取り出してに投げた。
慌ててそれを掴み、手の中で輝くコインに目を落とした。
そのコインはゴトーが持っているものによく似ていた。

「ゴトーからの預かりもんじゃ」
「え? ゴ、ゴトーさんから……ですか?」
「そうじゃ。いつかお嬢さんと遊ぶ機会があって最後まで立ってたら渡してくれって頼まれてのぉ」

「何かの遊びか?」と聞くゼノには「ご褒美みたいなもんです」と笑う。
小さく笑ったゼノは「そうかそうか」と屋敷へと向かった。
これでコインは2枚になり、あと3枚集まれば自分の存在を少しは認めてらえる気がした。
イルミが仕事に出てから約2週間。
長いようであっという間に掛けて行った日々。
はイルミが帰ってくる前に少しは成長している姿を見せられそうなことに嬉しくなり、走ってゼノを追いかけた。


2020.10.17 UP
2021.08.02 加筆修正