パラダイムシフト・ラブ2

35

は冷蔵庫の前で腕を組み、中の食材を見ながら考え込んでいた。
昼食に肉じゃがを食べたいと言い出したゼノと”遊び”と称した組手を行い、結果は負けてしまった。
その代償として肉じゃがを作ることになったのだが、本来それは夕食に食べるメニューではないかとは考えていた。
どうやらゼノは日本に似ている”ジャポン”という国にだいぶ興味があるようで、ジャポンにも似たような肉じゃが料理があるようだった。
使う食材や調味料が同じとは限らないため、は困惑していた。

「……うーん。困ったなぁ」

冷蔵庫の中に有るのは見たことないような肉の塊や謎の形状をした野菜しかない。
とても日本食に使えるとは思えないようなものばかりでは頭を悩ませていた。
別の料理を提案出来ないかとはダイニングテーブルに着いてこちらを興味津々な目で見ているゼノに振り返るが、期待の眼差しで見られていては言葉が出てこなかった。
しかし、難しいものは難しい。
は静かに冷蔵庫の扉を閉めてキッチンに手を着いて身を乗り出し、「どうした?」と問うゼノには真実を伝える。

「あの、肉じゃがとは本来夕飯メニューの定番なんですけど……今からだとだいぶ時間かかりますがどうしますか?」
「そうじゃったのか。それは知らんかった。ふむぅ……」

少し残念そうな顔をするゼノを見ると心が痛んだ。
他の妥協案としてが提案したのは、日本の朝食としての定番メニュー。

「卵かけ御飯は……ご存知ですか?」
「いや、知らんな。ならその……タマゴカケ……なんじゃったかの?」
「卵かけ御飯です」
「それじゃそれ! それにしよう」

冷蔵庫の中をもう一度確認し、使えそうな材料を確認するとはもう一度振り返って「すぐ作りますね」とゼノに言った。

*****

ゼノの前にお茶碗に入れたご飯、卵を割り入れた器、謎の野菜で作ったおひたしを並べると不思議そうな顔で覗き込む。
匂いを嗅いでいるゼノの前に同じ物を並べて座り、食べ方を説明するとゼノはに習って同じ動作を繰り返す。
卵をご飯にかけて混ぜる時「……本当に食えるのかの」と小声が聞こえた。
海外人らしい反応には笑いながら「食べれば納得しますよ」と言い、醤油をゼノに渡した。

黄金色に少し黒みが足され、見た目的には立派な卵かけ御飯だった。
先にが口に含んでみると懐かしい味が口に広がった。
それに続いてゼノも卵かけ御飯を口に運ぶと、目を見開かせた。
その反応がどちらの反応か気になりは控えめに「ど、どうですか?」と様子をうかがった。

「……美味い!」
「そ、それは……良かったです」

何度も”美味い”というゼノには安心しながら箸を進める。
おひたしも勧めてみると気に入った味のようで日本食を堪能する老人にしか見えなかった。

「イルミの奴め……こんなに美味い料理を毎度食べてたかと思うとけしからんのぉ」
「なかなか褒めてくれない人なので不安でしたが、ゼノさんのお口に合うようで良かったです」
「あやつは基本的に感情を表に出さんからな」
「”悪くない”しか言わないんでちょっと不安になる時が多かったです」

が苦笑いを浮かべるとゼノは口をもぐもぐさせて飲み込んだあと、「ほう。そりゃ凄いのぉ」と驚いた。

「え、凄い……んですか?」
「あぁ。わしは”不味い”か”普通”しか聞いたことがないからのぉ」
「……そ、そうなんですか」
「照れ隠しじゃろうな」

途端に恥ずかしさと嬉しさがの中でこみ上げ、それを隠すようには箸を動かした。

「それで、ゴトーとの特訓はどうじゃ?」
「……スパルタな部分はありますけど、私の事を思ってやってくれてると思うと……頑張らないとって思います」
「ハッハ! お嬢さんは真面目じゃのぉ」
「此処に置かせてもらっている以上は何か力になれる事は無いかって考えてるんですが……なかなか難しいですね」
「力……か。わしらは根っからの殺し屋家業じゃからのぉ。お嬢さんにはちっと荷が重すぎるかもしれんな」

早々に食べ終わったゼノは静かに茶碗の上に箸を置き、小さく笑いながらを見た。
その言葉は家業との間に線を引かれているように聞こえた。
確かに殺しは出来ない。
一般人のにそれを手伝えというのは荷が重すぎる。
しかし、他に何か手伝えることがあるはずだとは思っていた。

「何か……イルミさんの役に……いえ、皆さんの役に立てる事はありませんか?」
「わしらの?」
「なんだかじっとしてばかりでは申し訳ないので……私でも出来る事って……ありませんか?」
「そうじゃなぁ……」

ゼノは髭を撫でながら天井を見上げ考え込んだ。
は生唾を飲み込みながらゼノの答えを待った。
ここで”何もない”と言われたらどうしようと不安がの中によぎる。
不安そうな顔をゼノを見ていると「そうじゃ」とゼノは人差し指を立てた。

「この家でまだ誰も持っていないもんがある」
「な、何でしょうか?」
「ライセンスじゃ」
「ライセンス? 資格ってことですか?」
「そうじゃ。昔はそうでもなかったんじゃが今は資格が物を言う時代になってのぉ。わしやシルバはもう歳じゃからイルミに取れと散々言ってるんじゃが……なかなか聞かんくてな」

そんなに難しい試験のか、はたまた面倒臭いだけなのか。
イルミの性格を考えると後者の方が有力に思え、は「誰でも受験出来るんですか?」と興味が湧いてきた。
ゼノは「受験資格は誰にでもある」と頷きながら答えた。

「その……ライセンスがあると何が出来るんですか?」
「そうじゃのぉ……色々あるんじゃがわしらにとって重要なのは家業に”箔”がつくことじゃ」
「そ、それは私が持っててもですか!?」
「まぁ1人持っとれば御の字じゃからのぉ」
「ライセンス……そうですか……なるほど、ライセンス……」

ぼんやりと考え込むを見ながらゼノは笑っていた。
その笑みが何を意味しているのかをはまだ知らない。


2020.10.21 UP
2021.08.02 加筆修正