パラダイムシフト・ラブ2

36

夕方に肉じゃがの準備をしに戻る事をゼノに伝えた後、はダイニングルームから出ると一目散にミルキの部屋へと向かった。
何度もキルアと訪れたミルキの部屋の前に来ると意を決してノックをした。
中から「誰だよ」といつもの不機嫌の声が聞こえ、は自分の名前を名乗る。
いつもなら相手の返事を待たずに問答無用でキルアはドアを開けていたが、流石に失礼だと思いは中から次の反応があるのを待った。

「入れよ」と無機質な声が聞こえ、はゆっくりとドアを開けた。
忙しなく何かを入力しているミルキを見ながらは「ミルキさん、お久しぶりです」というと切れ長の細い目が一瞬だけを見る。

「は? なんで執事の服なんか着てんだよ」
「あ、これですか? 部活着みたいなもんです。似合いませんか?」
「フンっ。ポンコツは何着たってポンコツだろ」
「うぅ……そ、それより! キルア君と一悶着あったみたいですが……大丈夫ですか? 何か、されたんですか?」
「べ、別にたいしことねぇし。弟に何かされるとか……ねぇし!」

相変わらず辛辣なことを言うミルキに怯んでいるとキーボードを打つ手が止まり、ミルキはに向き直った。

「で、兄貴の女がこのオレ様に何の用だよ」

足を一生懸命組んでふんぞり返りながらを見るミルキはどこかの悪役に見えた。

「あっ、えっと……ミルキさんに……調べて欲しいことが……」
「調べて欲しいこと? オレはタダじゃ動かねぇよ」
「うっ……そ、そこをなんとか……」
「そもそもお前の言うこと聞く道理もねぇし」
「た、確かに……で、でも! どうしても調べて欲しいんです!」

ミルキの肩を掴んで「お願いします!」と詰め寄るにミルキは一瞬たじろいだ。
真剣な瞳にミルキは「触んな!」と手で払いのけパソコンに向き直ってしまった。
機嫌を損ねてしまったと感じたは頭を下げながら再度お願いした。
どれくらい頭を下げていたかわからない。
途中聞こえるタイプ音に耳を澄ませながら目を瞑ると小さなため息が聞こえた。

「……何が知りたいんだよ」
「え? 調べてくれるんですか!?」
「は……? 調べるなんて一言も言ってねーし。聞いてるだけだし」

はゆっくりと頭を上げるとミルキはお菓子を頬張りながらキーボードの上に手を待機させていた。

「……ライセンスの、取得方法です」
「ライセンス? 何の?」

の言葉にミルキの手が少しだけ反応した。

「えっと……イルミさんが持ってないライセンス、です」
「イル兄が持ってないってそれ……ハンターライセンスのこと言ってんのか?」
「ハンター……ライセンス? 正式名称は分かりませんが……と、とりあえずイルミさんが持ってないライセンスです」

ミルキはそれ以上何にも言わずにキーボードに何かを入力し始めた。
最後のエンターキーを力強く打つと画面が切り替わった。

「お前受けたいの?」
「い、いや、どんなものなのかなって興味があって……」
「……会場にたどり着けるのは1万人に1人の確率。合格者0人の時もある超過酷な試験で中には命を落とす者もいる、って書いてある」
「え……し、試験……ですよね? 命を落とすってどういう……」
「まぁ持ってるだけでステータスなんだからそんな簡単じゃねぇだろうけど……知らね。オレは受けたことねーし」

持っているだけでステータスになるのなら確かに家系で誰かが持っていれば箔がつきそうだった。
自分が取れる物であれば代わりに取ろうと思ったが、予想以上に危険な試験には暗い表情を浮かべた。
折角見つけたと思った希望の光はすぐに消えてしまった。
肩を落としながらもは無理に笑って「有難う御座いました」と言うとミルキの部屋から出て行った。
その姿をミルキは何も言わずに見送り、モニターにチャット画面を表示させると素早く”反応は微妙”とだけ打って送信した。

*****

キルアが家出してしまった知らせを聞いてから早6時間が経過した。
ゼノから貰ったコインを眺めながら広間のソファに座っていると玄関のドアが勢い良く開きは顔をあげた。
カナリアとゴトーが帰ってきたのを見てはコインをスラックスのポケットにすぐに戻し、立ち上がって駆け寄った。

「ど、どうでしたか?」
「ん。キルア様は無事だ」
「良かった……」

その一言を聞いては安堵のため息を漏らした。

「それで、キルア君はどこに?」
「市内だ」
「そうですか……。やっぱり、戻っては来ないんですか?」
「やりたいことがあってそれが終わったら、だそうだ」

ゴトーなら無理やり連れて帰ってくると思ったが、ゼノの言う通り”戻る時は己の足で”という意見にゴトーも同意見らしい。
さっさとの横を通り過ぎて執務室へと向かったゴトーの背中を見ながらはスラックスのポケットに手を入れてコインを握りしめた。


2020.10.21 UP
2021.08.02 加筆修正