パラダイムシフト・ラブ2

37

緊急招集として家族一同がダイニングルームにて顔を合わせるなか、最初に口を開いたのはミルキだった。

「パパ。あいつに試験は無理だと思う」
「何故そう思う?」
「試験のこと話したらすげー顔してた。あれは戦意喪失って顔だったなぁ」
「ふむ。わしが話した時はやる気に満ち溢れてたんじゃがなぁ……」

「どうしたもんか」と困った顔をするゼノだったがその表情は全く困っているようには見えない。
その横で扇子を広げていたキキョウが勢いよく立ち上がる。

「それよりも! 私はいつ接触禁止令が解かれるのかしら!? そもそも私がどぉしてあんな嫌われる様な役をやらなくてはならないの!?」
「お母様落ち着いて……」
「あんっな着物が似合いそうな子……放っておくなんてこれ以上私には無理ですよ! 早く私もお話しがしたいわ! 私の可愛い娘になるかもしれない子と接触禁止なんてあんまりだわ! 殺そうなんて1ミリだって思ってないのに!」
「お、お母様……」
「まだ駄目だ。まだお前は母親として恐れられる立場で居ないとイルミに怪しまれるだろ?」
「あの子が見合いを全部断ってまで連れてきた子なのよ!? こんなチャンス二度とないわ! 絶対に離しちゃいけないのよ! そのためにはまず外堀から埋めていかなきゃ!」
「キキョウさん。とりあえず落ち着いて座ったらどうじゃ」

周りに宥められキキョウは渋々席に座るとブツブツと1人で呟きだした。
それを無視してシルバは重たいため息を吐きながら「しかし、彼女が動かなければイルミも動かないだろう」と重たい言葉を言った。
その言葉に一同はゆっくりと頷いてシルバの意見に賛同した。
シルバとゼノは家業の繁栄の為に前々から散々ライセンスを取れとイルミに言ってはいるものの、のらりくらりと交わされ続けてきた。
2人の願いとしてはイルミになんとしてでもライセンスを取らせたいところだった。

が試験に参加すればイルミだって黙っていないはずだ。ミルキ、今回の試験の締め切りはいつだ?」
「今月末だけど……」
「あと2週間か。なんとしてでもイルミが戻る前にお嬢さんを試験会場に潜り込ませなければ……また来年に伸びるのぉ」
「け、けど! あいつぜってー死ぬって!」

「遅れて申し訳御座いません」とダイニングルームのドアが開き一同の視線がそちらに集中する。
入って来た者は燕尾服を翻し、後ろ手でドアを閉めると一礼した。

「ゴトー、キルはどうだ?」
「ご無事です。ただ、少々困ったことに事が運びそうです」
「ほう? どうしたんじゃ?」
「ハンター試験を受けるようです」
「まぁ! キルが!? まぁまぁまぁ! そしたら我が家ではライセンス保持者が3人になるのね!?」
「だぁから! 今のあいつならぜってー死ぬって!!」

キキョウは扇子を落とし、歓喜のあまりに口元を手で覆うと立ちあがった。

「キルがハンター試験を? 目的は何だ? 家業のためとは思えないが?」
「……大変お伝えし辛いことなのですが、ハンターになれば家業から足を洗えるとお考えのようです」
「ふむ。キルらしいっちゃキルらしいのぉ」
様が家業に加わる事をあまり好ましく思われないご様子でして……キルア様は家業から足を洗えば”暗殺一家”という肩書きが外れ、様を巻き込まずに済むとお考えです」
「まぁキルったら……でもイルミのお嫁さんになるなら当然家業を頑張る旦那をサポートするのが嫁の務め。そうでしょあなた?」

沈黙の後シルバは軽くため息をつくと「そうだな」と零す。
この2週間でに殺しのセンスがないのは誰もが分かっている事だった。
家族として迎え入れるには家業を手伝うかサポートするかの問題が待ち構えており、戦力として期待出来ないが立てるポジションと言えばイルミのサポートしかない。
現場には行けないがライセンスさえ持っていればライセンス持ちしか入れない様なパーティーに同伴相手として参加出来るようになるため、活動出来る範囲が広がる。

「しかし問題はあやつが本当に試験に参加するかじゃよ。キルとお嬢さんが参加するのを知ってお嬢さんの面倒をキルに任せやしないかね……」
「お義父様、そこは大丈夫ですよ! なんせヘリを要請するぐらいにメロメロなんですから……ちゃんが試験に参加するって聞いたら私達の話も聞かずに会場に向かうはずよ!」
「イルミがメロメロ……わしゃ全く想像が出来んなぁ」
「……なら、こういうのはどうですか?」

小さく手を挙げた末っ子のカルトに視線が集まる。

「今さんはゴトーの管轄下です。仕事としてキル兄さんの監視を依頼する形で試験に参加してもらう。戻ってきたイル兄さんにはさんの初仕事を監視という名目で試験に参加してもらう……っていうのはどうですか?」
「……キルが家出した理由はどうする?」
「それは、お母様とミル兄さんと喧嘩して……止められる人間が出払ってる隙を突かれて家出をした。その監視を気心を許しているさんに頼み、結果的にハンター試験に2人で参加している、と説明した方が無難だと思います」

スラスラと喋るカルトに感激するキキョウを無視してミルキが「っつーか喧嘩どころの騒ぎじゃねーよ! あいつオレを殺す気だったし、オレはとばっちりで腹刺されたんだぞ!」と大きなお腹をさする。
しかしこの作戦を通すにはカルトが提言した方法しか術が無い。
ゼノは苦笑しながら「まぁ、当初の予定通りにお嬢さんには悪いが頑張ってもらうとするかのぉ」と髭を撫でる。

「それで、はどれくらいで外に出れそうなんだ?」

シルバの鋭い目がゴトーへと向けられる。

「率直に申し上げてギリギリ間に合うかギリギリ間に合わないか、です」

ハンター試験ともなれば手練れが集まる。
キルアやイルミが居るからと言って何も知らないど素人が参加して生き残れるわけが無い。
そのために殺気や気配に敏感になるように特訓しているが、ゴトーの判断では五分五分だと言う。

「ミルキ、試験会場のハッキングは出来るか?」
「え? まじであいつを参加させんの……? で、出来なくないと思うけど、サーバーのセキュリティを見てみない事には……」
「なら試験会場が分かるまではを動かせないな」
「イルミが仕事を巻いて早く帰って来なけりゃ良いんじゃが……」
「親父、そこは抜かり無い。指定日有りの仕事も混ぜてあるからそこは問題無いはずだ」

着々とを試験会場に送り込む作戦が進む中、ミルキだけが終始浮かない顔をしていた。
大方特訓中の光景を監視カメラで盗み見していたのだろうと思ったゴトーは少しだけ目を細めた。

「ゴトー。何としてでもを頼む」
「承知しました」
「よし。イルミへの説得はカルトの案で行く。まずはミルキはサーバーのハッキングを。会場が分かり次第オレとゴトーに。ゴトーはに最低限の教育を。で……お前は大人しく事が終わるまでは隠居だ」
「えぇえぇ分かっておりますとも! どうせ私は蚊帳の外ですよ!」

ふいと顔を背けるキキョウにゼノは笑った。

「そう怒りなさんな。今日はお嬢さんに夕飯を用意してもらえるよう頼んでおいたからそれで機嫌を直してくれんかの?」
「まぁ! それはそれは楽しみだわ! 私、娘の手料理を頂くのが夢だったんですのよぉ!」
「お母様……娘とショッピングが夢ってこの前……」
「それはそれ! これはこれ、よ!」

話がひと段落したところで一同が立ち上がるとゴトーはすぐにダイニングのドアを開けた。
ぞろぞろと出て行く面子を見送った後、静かに扉を閉めた。


2020.10.21 UP
2021.08.02 加筆修正