パラダイムシフト・ラブ2

38

夕方5時過ぎになりはゴトーの許可を得てからゼノと約束した肉じゃがを作るためにゾルディック家が住まう屋敷へと向う。
ゼノとの別れ際に「実はミルキに食材を買っておくよう頼んでおいたのじゃ」と言われてしまっては断れない。
しかし、日本の肉じゃがとこの世界の肉じゃがが同じ物とは限らない。
もし知らない食材等が揃えられていたら肉じゃがを再現出来る自信はにはない。
は本当に作れるのかと不安を胸に抱きながらドアを開け、ダイニングルームへと向かった。

「失礼しま……す」

ドアを開けると家族全員が揃っており夕食の時間を間違えてしまったのかと思い、は硬直した。
そんなを見てゼノが笑いながら「皆に話したら興味を持ってな」と小さくウィンクを飛ばしてきた。
余計なプレッシャーがにのしかかり、内心ドキドキしながら「で、ではキッチン借りますね!」と早々と逃げ込んだ。

ワイワイと賑やかな談笑を聞きながらは手を洗い、冷蔵庫の扉を開けた。
そこには知っているような食材が並んでおり昼間に見た光景と違うことに驚いていると後ろから「それで足りるか?」とシルバが話しかけてきた。
まさか本当に材料を揃えてくれたことに驚きながら何度も頷くと「それは良かった」と笑われた。

「……本当にわざわざ揃えてくれたんですね」
「あぁ。レシピはミルキが探してくれたんだ」
「ふんっ! 別にお前のためとかじゃなくてジィちゃんが楽しみにしてるからだからな!」

照れているのかそっぽを向くミルキとシルバを見ながらは「有難う御座います」と頭を下げた。
何に使うのか分からない食材もちらほら混ざっていたが、使える物は一通り揃っていたのでは袖を捲くって気合を入れた。

*****

鼻をくすぐる匂いが広がり始めると早々にミルキのお腹が歌い出した。
それを皆で笑う光景は幸せな家族に見えて微笑ましく思うが、この場にイルミとキルアが居ないことに寂しさを感じた。

「おい! いつまで待たせんだよ!」
「最低でも後10分は待ってください」

ブツブツと文句を言うミルキに「待つのも調味料の一種ですよ」と言うとゼノが「ミル。わざさびじゃ」と何処で覚えたのか古風なことを言っていた。

器を棚から取り出し、人数分の茶碗を並べたところで炊飯器から軽快な音楽が流れ始めた。
やはり日本食にはほかほかの温かいご飯に限る。
真新しそうなしゃもじを使って米の粒を崩さないように盛り付ける。
心配だった味噌汁も十分に出汁が効いていて悪くないように思えたが、この独特な味が皆の口に合うかどうか。
は心臓をドキドキさせながら皆の前に並べるとポカンと口を開けて純和風な料理に目を点にしていた。

「写真で見たやつとまんまじゃん! くそっ! もっと肉注文しとくんだった!」

携帯電話を取り出したミルキは文句を言いながら両手でそれを持ち、シャッターを切り始める。
その姿がまるでデザイン性のあるスイーツを目の前にして写真を撮るような女子の様に見え、思わずは笑ってしまった。
スイーツではなく、肉料理を撮るところがミルキらしい。

「十分入れてありますよ」
「ねぇ。この白い紐状は食べれるの……?」
「あ、それは白滝と言ってそれ自体に味はないんですけど、煮込むと味がついて美味しいんですよ」
「これは……タケノコかの?」
「そうです。季節の野菜を入れるのも美味しいんですよ」

次々と飛んでくる質問に答えるのに精一杯だった。
そんな時、シルバがを見ながら「は食べないのか?」と問う。
自分は料理を作りに来ているだけだと思って居たは「夕飯は執事さん達と一緒に、と聞いてますが」と言うと、シルバはおもむろに携帯電話を取り出してそれを耳に当てた。

「オレだ。は今日こちらで面倒を見る」

それだけ伝えると電話を切り、席に着くよう言われた。
家長に言われては従うしかないは言われるがまま元々はイルミの席に着席した。

「お嬢さん。自分の茶碗を忘れとるぞい」
「あっ! も、持ってきます!」

慌ててキッチンへと戻りは自分の分のお茶碗を用意した後ダイニングルームへとまた戻った。
やっと全員が揃い、各々に箸を伸ばす。
どういう反応をされるか気になりそわそわしていると料理は絶賛の嵐だった。
美味しい、美味い、また食べたい。
喜ばれることがこんなに嬉しいと思わなかったにも硬かった表情が崩れ、笑みが漏れる。
そんな時だった。
ダイニングルームに大きな音が鳴り響く。
は身体を跳ねさせ、音がした方向に顔を向けるとキキョウが握り拳を作ってテーブルを叩いたのを理解した。
その場は静まり返り、は瞬きを数回繰り返した。

「お、お口に……合いません、でしたか?」

の震える声がダイニングルームに小さく響く。
ふるふると震えるその拳にの表情が恐怖に染まる。

「……し、失礼するわ!」
「お、お母様!」

キキョウは両手で顔を覆うとダイニングルームから逃げるように去り、それを追いかけたのは綺麗な黒い着物を着た末っ子のカルトだった。
あまりにも突然な事には口を開け、泣きそうな顔でシルバに助けを求めるように見ると「気にするな」とだけ言われた。

「まぁあれじゃ。美味すぎて感情が荒ぶったんじゃよ」
「え……あ、明らか怒ってました、よね?」
「それよりもおかわり!」
「も、もうありませんけど……」
「は? お前男所帯舐めてんだろ?」
「ミル。食い過ぎじゃ」

何事もなかったかのように食事を再開する3人に戸惑いながらもはキキョウが出て行ったドアを見つめていた。
本当に口に合わなかったのなら謝りたい。
が席を立とうとするとシルバがそれを止めた。

、あれは決して怒ったわけじゃない」
「ですが食事の最中でしたし……どう考えたって私の料理が原因としか、思えないんですけど」
「そう思うかもしれないが信じて欲しい。あれは怒ってるんじゃない。本当だ」
「そうじゃよお嬢さん。だから大丈夫じゃよ」
「そう……ですか……」

そう言われてもは納得出来なかった。
そもそもあまり話す機会がなく、どんな人かも分からない。
同じ女性として話してみたい気持ちはあるが、よく思われていないことを思うと近づき辛かった印象だかここ最近で少しだけ疑問に思うことがあった。
イルミは”母親に狙われている”と言うが、実際にはそんな感じはこの2週間全く無く、身の危険を感じたのは初日だけでそれ以外は至って普通だった。
自分は本当に嫌われているのだろうかという疑問と、何かを隠しているようなシルバとゼノに眉を寄せた。
は何かを思いついたように「そうだ」と小さく呟いた。

「キキョウさんは……甘い物は好きですか?」
「甘い物?」
「デザートか? オレは好きだぜ?」
「ミルキさん何でも好きそうですよね。えっと、少し……またキッチンを借りても良いですか?」
「構わんが、何をするんだ?」

はゆっくりと立ち上がると「キキョウさんにも喜んでもらえそうなデザートを作ろうと思います」と笑った。
キキョウは現金な性格ではないと思うが、何かしらの贈り物をすれば話すきっかけになると思ったは頭の中で必死にレシピを探った。
家庭にあるちょっとした物で簡単に作れる即席デザート。

「なんだ? パンケーキでも作んのかよ?」
「いいえ。よく、祖母に作ってもらってたものです」

の言葉にシルバとゼノは目を合わせると小さくお互いに頷いた。
それに気がつかないミルキは「パイか?」と腹をさすりながらに問う。

「違いますよ。みたらし団子って言うんですけど、知ってますか? 白玉粉の代わりに小麦粉で代用出来るんですよ」
「よく分かんねぇけど美味いなら何でも良いから早く作れよ」
「はいはい」

小さい頃に祖母にせがんでよく作ってもらい、一緒にキッチンに立てるようになった頃には共に作った懐かしい味。
きっとこっちの世界には無いであろうあまじょっぱくて、後を引くような味と食感はきっと気に入ってもらえるだろうと思った。


2020.10.26 UP
2021.08.03 加筆修正