パラダイムシフト・ラブ2

41

その日の夜、は昼間にゼノが言った言葉が気になってなかなか眠れなかった。
はテーブルに並んだ計3枚のコインを眺めながら頬杖をついて考えいた。
嘘はバレているが、その嘘に家族は付き合ってくれている。
そんな生活で良いのかと自問しながらコインを転がしながらゴトーがくれたコインが5枚目になった時、正直に打ち明けることを決めてコインを綺麗に並べ直した。

早く寝ないと明日に支障が出ると分かってはいるもののどうしても考えてしまう。
眠れなくともベッドに入ろうとして立ち上がった時、窓に人の気配を感じた。
なんとなく見られているような気持ち悪い気配には後ずさったが、ゴトーのコインのように襲ってくる気配はない。
その気配はその場に停滞しているようで、様子が可笑しかった。
息を顰めるように小さく呼吸をしながら窓に近づき、カーテンに触れた。
緊張しているからか心臓の鼓動が早くなるのを感じながらはカーテンを思い切り開けた。

「ッヒ!」

思わず口を出て押さえながら後ろに下がった。
窓の向こうでは逆さ吊りになったヒソカが笑顔を浮かべながら手を振っていた。
はすぐに窓を開け、ヒソカの手を取って窓の淵に座らせた。

「電話してくれないから来ちゃった」
「ヒソカさん! 来ちゃったじゃないですよ! ビックリさせないで下さい!」

「心臓止まるかと思いました!」とはドアの方を警戒しながら小声でヒソカに文句を言うと、その唇をヒソカの人差し指が塞ぐ。

「ボクは招かれざる客だからこの方法でしかお姫様に会えないんだ」

ゆっくりと唇から指が離れ、は大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。

「だ、だからって……私が気が付かなかったらずっとその……吊る下がってるつもりだったんですか?」
「その時は殺気でも出して意地でも気づいてもらうから大丈夫」

ヒソカは笑みを浮かべながらポケットからカードを取り出しシャッフルする。

「それより……なるほど。似合ってるね、その服。執事のだろ?」
「普通の服だと悪くしちゃうので、借りてるんです。最初は違和感があったんですけど、毎日着てると慣れるもんですね。似合いますか?」
「うん。可愛いと思うよ。いやぁ待ち受けにするのも分かるなぁ」
「え? 待ち受け?」
「あぁなんでも無い。こっちの話し」

ヒソカは誰かのことを思い出しているのか一人でクスクス笑っていた。

「それで……今日は、どうしたんですか?」
「ん? あぁ、そうだ。お姫様が可愛い格好してるから本題を忘れる所だったよ」

ヒソカはシャッフルしたカードの中から器用に3枚のカードを取り出した。
そのカードはダイヤのクイーン、クローバーのジャック、そしてスペードのキング。
片手でそれをに見せた後、ヒソカは器用に3枚を裏返した。

「まずボクはね、イルミに内緒でお姫様に会いに来てるんだ」
「……別に内緒にしなくても……お友達、なんですよね」
「そうなんだけどさ。ちょっと厄介でね。知られるとまずいんだ」

ヒソカは裏返したカードをの方に出し、「一枚引いてごらん」と言う。
はヒソカとカードを見た後、言われた通りに適当に左のカードを引いてみた。
引いたカードを見てみると、それはスペードのキングで何の変哲も無いカードだった。
は細工が無いことを認め、ヒソカに視線を戻すと目が点になる。
ヒソカの手の中にはダイヤのクイーンとジョーカーがあり、確かに最初に見た3枚のカードはダイヤのクイーン、クローバーのジャック、スペードのキングだったがいつの間にかすり替わっていた。
不思議な顔でカードを見ているにヒソカは笑いながら「イルミの前では初対面を演じて欲しい」と言った。

「しょ、初対面、ですか」
「僕らのキングは嫉妬深くてね。お姫様とお喋りしたって知ったらきっとボクは殺されちゃう。だから今日はそのお願いに来たってわけさ」
「殺されるって……大げさですよ」
「彼はやるときはやる男だよ」

ヒソカは片手で持っていた2枚カードを片方づつの手で持ち、手の中で丸める。
ぐしゃぐしゃになったカードがヒソカの手の中に消え、ヒソカはゆっくりと手を開くとジョーカーだけが無くなった。
皺くちゃになったカードを広げるとが持っていたはずのスペードのキングのカードが現れ、すぐには自分が持っているカードを見るとダイヤのクイーンに変わっていた。

「え? えぇ!? どういう事ですか!?」
「ボクがジョーカーみたいにならないように協力してね」
「えぇ? どういう……こと、ですか?」
「お姫様はまだ優しいイルミしか知らないんだろうね。でも大丈夫。お姫様さえ協力してくれれば優しいイルミのままだから」

信じ難いことではあるが今は頷くしかなく、はカードをヒソカに返した。

「……何だかよく理解出来ませんが……ひとまず分かり、ました」
「ボクばっかりのお願いじゃアレだから、お姫様が聞きたいことでボクが教えられることなら何でも教えてあげるよ。どう?」

ヒソカはカードをズボンのポケットにしまうと膝に頬杖をついた。
は困惑した表情でヒソカを見ながら「何でも?」と聞くと、「何でも」と返ってくる。
今のイルミのことも聞きたいが、それよりも気になる事があった。

「……ヒソカさんは、ライセンスは持ってますか?」
「ライセンス? ハンターライセンスの事かい?」
「そう、です」
「へぇ。お姫様はハンターライセンスに興味があるんだね。残念ながらボクはまだ持ってないよ。毎年受けてるけどね」
「毎年? そんなに難しいんですか?」
「いいや、面白いよ。面白いから受けてるだけ」

死人が出るという話もあれば、簡単という話もあるしがヒソカは面白いと言う。
は頭の中でハンター試験がどんなものか全く想像出来ないでいた。
言葉に困っているを見兼ねたヒソカは首をかしげながら「受けたいのかい?」とに問う。

「あ、う、受けるとかまだそんなレベルじゃ……ただどんなものか気になって」
「なら試しに受けてみれば良いよ。大丈夫。ボクも居るから」
「でも……」
「ならこうしよう。ボクとお姫様は試験会場で知り合った。これなら接点がある。完璧さ」
「え、ちょ、ヒソカさん!?」

勝手に話しが進んではまだ参加するとは言ってない。
しかしヒソカの中でが試験に参加することが決まってしまったようで、ヒソカはヒラヒラと手を振る。

「それじゃ、お姫様。試験会場でね」
「ちょっと待って! ヒソカさん!」

そのままヒソカは身体の重心を外へと倒すと、窓から落ちた。
どうして身体能力の高い人は皆高い所から飛び降りるのだろうか。
は窓に手をつき、あっという間に見えなくなったヒソカの姿にため息を零した。
まだコインが3枚しか集まっていないの願いをゴトーが聞いてくれるとは思えないし、自分自身試験を受験する資格があるようにも思えなかった。
とんでも無いことになってしまったと思いながらは大きなため息を吐いた。


2020.11.02 UP
2021.08.03 加筆修正