パラダイムシフト・ラブ2

43

は深呼吸をしながら扉を見つめた。
昨日考えた事を試すなら今しかチャンスは無いと思ったが、どうにも自分を追い込めないで居た。
ゆっくりと深呼吸をしてみるが、心の中のどこかで数日後にはイルミが帰ってくる期待感が集中することを邪魔していた。
なかなか動き出さないに見兼ねたゴトーが「どうした?」と声をかける。

「……も、もう少しだけ、時間を」
「試したい事があるっつーからオレは待ってやってんだ。さっさとしろよ」
「わ、分かってます」

気持ちが焦ってしまいなかなか心の整理がつかない。
はあの時、どうやって自分は集中したのかが全く思い出せないでいた。
いろんな情報が頭の中で飛び交い、集中するためには頭を振りながらドアノブに触れた。
闇雲に引っ張ってもドアは動かない事は百も承知だが、今はそれしか出来なかった。
完治した手がまた痛み始めるのはそう遅くはなかった。

「はぁ……どうすれば……」

は唇を噛み締めながら額から流れる汗を拭う。
自分の荒い呼吸を聞きながら目を閉じて自分の置かれている状況を今一度整理した。
この約3週間半は周りのイルミの家族や執事達に支えられて生きてきた。
この家で生き残って自分の居場所を見つけられるようにと協力してくれている。
その恩返しは自分の努力でしか返せない。
期待をしてくれているから、きっとこうしてゴトーも自分の仕事があるにも関わらず付き合ってくれている。
それは全て、この家で暮らしていけるようにと思って。

がゆっくりと呼吸を始めると取り巻く空気に少しずつ変化が現れた。
ただ漏れていた自身には見えていないオーラはゆっくりとした動きになり徐々にそれが手に集中し始める。
あの時、が少しだけドアを動かした時に見たような光景にゴトーは眉を寄せた。
オーラをコントロールする方法は教えていないし、昨日ドアを開けられなかった事を考えれば無意識にオーラをコントロールしているように思えた。

「出来る……絶対出来る……」

小さな声で何度も”出来る”と呟き、はドアノブにもう一度触れた。
手の痛みの感覚からこれが最後のチャンスに感じたは「やれる……出来る……」と呟いて握りしめた。
先ほどとは違う温かい感触にはゆっくりと俯いた。
絶望のような冷たさではなく、可能性を感じられる温もりには大きく、そして早く息を吸い込んだ。
腰を低く落とし、全体重を両脚に乗せて叫んだ。

「お願い!!!」

渾身の限り身体を逸らすと重たいするような音が聞こえたが、それと同時には後ろに倒れた。
目の前がチカチカと光り、頭では何も考えられずどうなったのか理解出来ないでいると強引に身体を起こされた。

「おい、しっかりしろ」
「あ、あぁ……ゴトーさん……ドア……動きましたか?」
「お前……コントロールが出来るのか?」
「コント……? 何ですか?」
「おい、寝るんじゃねぇ」
「駄目です……凄く……眠いです……」

そのままの瞼はゆっくりとの瞳を隠した。
最初はそのまま倒れたが今回は少し意識が残っていた事にゴトーはため息をつきながらを抱きかかえると自分が先ほどまで座っていたチェアに座らせた。
人形のように眠るを見ながら腕を組んでいるとデスクの上の携帯が震え、舌打ちをしながらゴトーはその携帯を手に取った。

「はい」
ちゃんは無事なのかしら!?」
「……キキョウ様。執務室を覗くのはあれほど」
「えぇえぇ! 痛々しい訓練になるかもしれないって言うから見ないようにしてましたけど試験を受けるかもしれないとなれば話は別です! 私だって娘の成長は見たいのよ!」
「お気持ちは分かりますが」
「ゴトーに分かるもんですか!」

けたたましい声にゴトーは携帯を少しだけ耳から離して眉を寄せた。

「それで……ちゃんは? まさか」
「無事……ではないですが、生きております。オーラを放出した後に倒れる事は過去何度もある事なのでご心配なく」
「そう……なら良いんですけど。で、開いたのかしら?」

ゴトーはドアを一瞬だけ見る。
この部屋を念で監視しているなら分かる事をいちいち聞いてくるところにため息を吐きながら「えぇ。外が少しだけ見えるぐらいには」と答えた。

「まぁまぁ! 早速パパに知らせなくちゃ! パパ! パパ! ちょっとあなた! 聞いてるの!? ちゃんが開けたそうよ!」

そこで電話は切れた。
これで本当に良かったのかと疑問に思いながらゴトーは眠るの頭に手を置いた。
これから自分の元を離れ、過酷と噂される試験に参加させられると思うと良心が痛んだ。
恐らく試験がどんなものなのか、そもそも試験というもの存在自体が何を意味しているのか理解していないを想ってゴトーは「精々頑張れよ」とくしゃりと頭を撫でた。


2020.11.02 UP
2021.08.03 加筆修正