パラダイムシフト・ラブ2

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緊張した面持ちではゴトーのデスクの前に立っていた。
鋭い目と見つめていると喉がだんだんと乾いてくる。

「お前に聞きたい事がある」
「……な、何でしょうか」
「お前は、この屋敷で、イルミ様とどうなりたいんだ?」
「え……ど、ど、どうなりたい、ですか?」

急な質問にの中で質問に対する答えが用意出来ていなかった。
まさかそんな事を聞かれるとは思わず、「えーと」と言葉を繋ぎながらは思った事をゆっくりと話した。

「……ずっと、側に居たい、です」
「それは恋人ごっごか?」
「……どんな意味でもです。私は、今まで目の前に引かれたレールだけで生きてきましたから。でも……その進路を変えてくれたのはイルミさんです。イルミさんと居れば、いろんな経験や知らない事、価値観が溢れてくるんです。今は……私も……イルミさんにとってそういう存在になれたらって……思っています」
「けどな、そんな感情だけじゃこの屋敷には居られねぇ。もう勘付いてると思うがこの屋敷に居る全員はハンター試験を突破出来るレベルの者が集まってんだよ。お前もそうじゃなきゃお荷物になる」
「それは重々承知しています。自分の身は自分で、ですよね」
「イルミ様がどう思ってるかは知らねぇが、そういう意味もあって今でも執事の中にはお前の存在を認めてねぇ奴はまだまだ居る」

イルミだけに存在を認めてもらうのでは意味が無い。
ここでやっていくには家族を始め、一緒に生活をしていく執事達にも存在を認めてもらう必要があるのは重々承知していた。
それを今更言われるとなかなか堪えるものがにはあった。

「それも、分かって、います」
「ハンター試験を受けないか?」
「……え? い、今、何て?」
「実はお前のエントリーはしてある。あとは受けるか受けないかはお前が決めろ」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってください。だって私まだ……そんなレベルじゃ」
「だからお前が決めっつってんだろ。何度も言わせんじゃねぇよ」

ゴトーは机の中から1枚のコインを取り出しての前に投げた。
転がるコインを見ながらは困惑していた。
今これを受け取ればコインは4枚になり、5枚集めたら認めてもらえる。
は複雑な心境でゴトーを見つめた。

「5枚目はライセンスを取ったあとだ」
「そんな……む、無理ですよ!」
「勝手に死なれちゃ夢見が悪いから監視はつけてやる。が、頼れる相手じゃねぇ」
「だからむ、無理」
「なら出て行くか?」

ゴトーのストレートな言葉には思わず言葉を引っ込めた。
認めてもらうには受けるしか無い。
ここで断れば今までの努力は無かった事になってしまう。
は俯きながら唇を噛み締めた。

「……もし、私がその……奇跡が起こって、ライセンスを取れたとしたら」
「あ?」
「イルミさんにとって……プラスになりますか?」
「少なくとも無駄にはならねぇよ」
「……そうですか」

ライセンスを持たないイルミの代わりに自分が持てば、少しはイルミの役に立てることを思いとの中で答えが少し見えてきた。
それでも即答出来ないのには見えない恐怖があったからだ。

「一晩考えさせてやる。時間がねぇから出発は明日の朝だ。行く気があるならこれに荷物をまとめて此処を出てまっすぐ降れ。そしたら待機してる門番の執事が居るからそいつに入り口まで送ってもらえ。行く気がないならそのまま出てけ」
「……分かりました」
「ならさっさと寝てその手を直せ」
「はい……」

はゴトーからシンプルなデザインのリュックを受け取ると、ドアを開けてもらって部屋をあとにした。
借りている自室へと戻ると重たいため息が漏れ、貰ったコインを机に並べて4枚を眺める。
今思い返せば大変な3週間半だったが、これまでの頑張りがそこに存在していた。
ゴトーも今日まで協力してくれた。
それを無下には出来ないし、何よりも逃げたく無かった。
それでも見えない恐怖というのは大きく、は隠しておいた一枚のカードを取り出した。
それは電話番号とメッセージが添えられたハートのクイーンのカード。

「まさか……監視って……」

の中で少しだけ未来へのレールが見えたような気がした。
その未来へのレールはいくつも分岐していてただの一本道ではない。
自分で選べるレールにやっと乗れると達成感とは別にの中で不安が増す。
死者が出るかもしれないと言われている試験に自分なんかが参加して本当に大丈夫なのか。
もしかしたら自分を追い出すための口実なのではないだろうかとマイナスな考えが生まれ始め、は振り払うかの様に頭を振った。
屋敷の外にどんな世界が広がっているのか正直分からないが、ライセンスがあればいろんな事が出来るとゼノが言っていたのを思い出し、少しでも自分が頑張る事で何かの役に立つのであれば頑張ってみようと思えてきた。
ゴトーが言っていた”監視”の話も気になるが、まずは目の前の課題をクリアすることを目標には早速荷造りを始めた。


2020.11.02 UP
2021.08.03 加筆修正