パラダイムシフト・ラブ2

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不信感を抱きながらは定食屋の看板を見上げていた。
メモ書き通りにバスを乗り継ぎ、時に迷子になって通行人や近くの店の店員に教えてもらったりしてやっとの思いでたどり着いた場所は何処にでもありそうな定食屋だった。
本当にこの場所がそうなのだろうか。
にわかには信じられなかったはすぐには店に入らず、店が見える位置に座ってそれらしい人達が入っていくかどうかを観察する事にした。
どれくらい眺めていたか分からないが、少なくとも入っていく客は結構多いが、それに対して出てくる客の数は圧倒的に少ないように思えた。
信じがたいがこの場所が試験会場への入り口の可能性は高く、託されたメモを信じてもう一度店の前に立った。

「あ、どうしよう……そう言えば今日って確かイルミさん帰ってくる日じゃ……パっと行ってパっと終わるもんだと思ったんだけどなぁ……どうしよう……」

頼みの綱であるメモ書きを睨んでいると後ろから高い声で話しかけられた。

「ねぇねぇ、おねぇさんは入らないの?」
「えぇ!?」

振り返るとキルアぐらいの身長の男の子がに首を傾げながら店のドアを指差していた。

「ご、ごめんなさい! お、お先に、どうぞ」
「だそうだぜ、ゴン」
「さっさと入って先に進もう」
「そうだね!」

そう言って金髪の美少年、眼鏡の青年、トゲトゲ頭の少年と狐目のターバンを巻いた男が店に入って行った。
その時、はなんとなくターバンを巻いた男に違和感を感じた。
なんとなく人であって人でないような気がしたは思わずその男を呼び止めようとしたが、もし”人”だったらと思うと失礼なため言葉を飲み込んだ。
監視を続けて分かったことは客の大半が一人で店に入り、一人で出てくるが、複数名で入った連中は一人は出てくるがその他が出てこない事が多かった。
は自分の分析を信じ、ドアの外から何となくちぐはぐな4人を見ていることにした。
何やら店主と話したあと、3人だけが店の奥へと通され、ターバンを巻いた男だけが店から出てきた。

「あ、あの」
「ん?」

呼び止めたは良いものの次に続く言葉が出てこなかった。
あたふたするを見ながら男はニヒルな笑みを浮かべながら「おねぇさんも鼻が良いのかい?」と鼻を指差した。

「い、いえ。匂いではなくてその、雰囲気が人とどこか……ってす、すみません! 失礼でしたね。ごめんなさい」
「いや、気が付けくのは良いハンターになる証拠さ。頑張りな」
「え? 証拠ってやっぱり……あ、ちょっと……行っちゃった……」

はもう一度店の看板を見上げ、生唾を飲み込んでドアを押した。
中に立ち込める美味しそうな匂いと賑わう店内を眺めて眉を寄せた。
本当に此処が試験会場なのかと疑っていると店主の方から話しかけてきた。

「いらっしゃい。ご注文は?」

席に案内される前に注文を聞かれるとは思わずは一瞬驚いた表情を見せた。
メモを見ながら「ス、ステーキ定食で!」と答えると店主の表情が少し変わった気がした。

「焼き方は?」
「よ、弱火で……じっくり」
「あいよー」

若めの女性に奥の部屋に案内され、ドアを開けると先程奥に通されたり3人が席について食事を食べていた。

「え? あ、あれ? え? 此処って、相席なんですか?」

が振り返ると女性の店員はドアを閉し、は立ち尽くすしかなかった。
改めて3人に向き直ると好奇心や警戒心を含んだ視線がの身体に刺さる。
「急に、すみません」と謝ると「おねぇさんも参加者なの?」とゴンと呼ばれていた男の子が口を開いた。

「え、えぇ……私も此処に通されて……その……」
「会場に入る為の合言葉を言ったのなら当然だろう」

金髪の少年にピシャリと言われ、は「あー、はい……」と返すのが精一杯だった。
その時、部屋が大きく揺れ、降っているような感覚がを襲う。
まるで大きなエレベーターに乗っているかのようで、その揺れに驚いたはドアに身体を預けた。

「な、何?! 動いてるの?」
「……そうみたいだね。ねぇねぇ、おねぇさん。とりあえず座ったら?」
「え、えぇ……そう、しますね」

空いてる一脚に座るとは3人の顔を改めて見た。
友達なのだろうか。
そんな疑問が顔に出てしまったのか目の前に座る男の子が「オレはゴン! おねぇさんは? こっちはクラピカとレオリオ。此処に向かう途中で知り合ったんだ」と説明してくれた。

、です。初めまして」
「おねぇさんは1人で此処まで来たの?」
「そう、ですね……場所は指定されてましたけど1人で来ました」
「ちょっと待てよ。試験会場を指定されてだぁ? お前まさか試験官か!?」

眼鏡をかけた男性がフォークでを指差す。
はすぐに頭を横に振り、否定した。

「なら何でそんな格好してんだよ」
「こ、これは……制服と言うか……何と言うか……勝負服です」
「勝負服? ゴン! やっぱこいつ怪しいぜ! 女がたった一人で試験会場の前で立ってるなんざ変だろ!?」
「えぇ? そうかなぁ……」

自分の無実を晴らす方法が無いが困っていると腕を組んで事の成り行きを見ていた金髪の少年が口を開いた。

「レオリオ。この女性が試験官かどうかなんてのは試験が始れば分かることだ。何が起こるか分からない今、体力を使う事は避けた方が良い」
「けどよぉクラピカ。ならコイツは試験にコスプレしてくるようなイカれた野郎って事になるぜ?」
「少なくとも野郎ではないだろうがな」

デコボコな3人だと思ったが、話を聞いてると案外がバランスが取れているように思えた。
試験会場に向かう途中で知り合ったという割にはなんだか前からの知り合いのようなやりとりが繰り広げられ、それに対してが小さく笑うと話題がに向いた。

「で、はどうしてハンターになりたいの?」
「え、えっと……」
「何だよ。言えないような理由なのかよ? やっぱり試験官」
「ちちち違います! ただ……皆さんのような壮大な理由じゃないので……少し言い辛いと言うか……」
「レオリオの動機は壮大とは言えないがな」
「クラピカ! 世の中テメェが思ってる以上に金なんだよ! 金!」
「私は困ったことが無いから分からないな」

ヒートアップする2人に対してゴンは「ふーん。言いにくい事なら聞かないけど……最後まで頑張ろうね!」と呑気に笑う。
ほんの少し緊張が取れたような気がした。
キルアぐらいの男の子も参加出来るような試験なら大丈夫だろうと思いながら水の入ったグラスに口を付けると部屋の動きが止まった。


2020.11.04 UP
2021.08.05 加筆修正