パラダイムシフト・ラブ2

49

4人はゆっくりと立ち上がると閉ざされていたドアが開き、本当にエレベーターのようだった。
ドアの向こう側に出ると大きな空洞と異様な空気が立ち込めていた。
その空間に目視では何人居るのか分からないが、地を這うような嫌な空気には一瞬たじろいだ。
ざっと見繕っても100人以上は居る空間には眉間に皺を寄せながら背負い紐を強く握りしめた。

「あの」

呑気に声をかけるゴンの肩を咄嗟に掴んでしまい「ご、ごめんなさい」と謝った。
異様な空気にはクラピカとレオリオも気がついているようで「なんか異様な雰囲気だぜ」とレオリオが零す。

「港や町にいたハンター志望者とは明らかに違う。全員が何らかの達人に違い無い」
「重々しい雰囲気ですね……」

3人で固まっていると緑色で豆のような顔と頭をしたスーツを着た男と呼んで良いのか分からない人が話しかけてきた。

「どうぞ。番号札をお取りください。必ず胸に付け、紛失されませぬよう宜しくお願い致します」

その手には白いプレートのようなものが握られており、レオリオがそれを受け取ると数字で”403”と書かれていた。
次にクラピカが受け取り、ゴンに続いてがプレートを手にした。
406と書かれたプレートを胸に付けるとゴンが「やっぱりも参加者だったんだね」と笑う。
これにはレオリオもバツが悪そうな顔をしながら「疑って悪かった」と小声で謝ってくれた。

「君達、新顔だなぁ」

声のする方向に顔を向けると壁を伝うパイプに少し太った男が座っていた。
4人は顔を見合わせ、その男に近づくと男はフレンドリーに片手を上げながら「よう」と言った。

「オレ達のこと分かるの?」
「まぁね」

男は軽々と飛び降りると目の前に着地した。

「何しろオレ、もう35回もテスト受けてるから」

衝撃的な発言にレオリオ、とゴンの声が重なって「35回!?」と驚く。

「まぁ試験のベテランってわけだよ」
「威張れることじゃねぇよな……」
「確かに」
「分からない事があったら何でも聞いてくれ」
「ありがとう!」

35回も受けて合格出来ない程に難しいテストなのかと驚いていると「オレはトンパって言うんだ」とゴンとトンパが握手を交わしていた。

「こっちはクラピカとレオリオとだよ」
「ふ、不束者ですが宜しくお願いします」
「へぇ。女の参加者とは珍しい。華があって良いねぇ」
「いえ……華だなんて、そんな……」

その時、ドクンと心臓が跳ねた。
感じた事のある気配にの目が揺らぎ、咄嗟に参加者の方へと目を向けた。
「どうした?」と首をかしげるレオリオに「ごめんなさい! ちょっと、離れますね」と断りを入れては参加者の中へと紛れた。
背中に呼び止める声を聞きながらは参加者をかき分け、以前感じた事のある気配を探した。

「ごめんなさい。通ります」

勘違いなわけがなかった。
あの身体の自由を奪うような気配は初めて会った時に感じたあの感覚に酷いくらい似ていた。

「すみません、すみません」

人をかき分けて目に飛び込んできた奇抜な色の髪と服装には目を大きく見開かせた。

「ヒ、ヒソカさん!」

咄嗟に腕を掴むと、ピンク色の髪の毛の持ち主がゆっくりと振り返る。

「あぁ、お姫様じゃないか。無事に辿り着けたんだ。良かったね」
「あ、あの! 監視役……いつから決まってたんですか!?」
「監視役? 何の事だい?」
「で、ですから私の監視役です!」
「んー? ボクは何も聞いてないけどなぁ」
「本当、ですか?」

その時誰かがにぶつかった。
は小さな悲鳴をあげながら身体をよろめかせ、ヒソカにしがみつくと「あ、すみません」と謝った後すぐに身体を離した。

「大丈夫かい?」
「私は、平気です」
「……そう。でもボクが平気じゃないから」

ヒソカはおもむろにカードを取り出し、投げた。
目の前で通り過ぎていったカードを目で追いかけるとそのカードはにぶつかった男の後頭部に刺さった。
頭を押さえ、膝から崩れる男は叫び声をあげる。
その声は会場に響き渡り、その場に居た全員の目がヒソカと男に集中する。
ヒソカは男の背中を蹴り、地面に押し付けると笑いながら「気をつけようね。お姫様にぶつかったら謝らないと」と足に力を入れた。

「ヒ、ヒソカさん! 止めてあげてください!」
「んー? 大事なお姫様にぶつかっておいて謝らない方が悪いんだよ」
「どう見たってやりすぎです! 大丈夫ですか?」

が男に駆け寄るとヒソカは足を退けた。
男はの顔を見ると「うわぁああ!」と情けない声をあげ、頭からカードを引き抜かずにその場から逃げた。
呆気に取られているにヒソカが「あーあ。逃げちゃった」と言う。

「ヒソカさん! ダメですよ! あんなことしちゃ……試験、不合格になっちゃいますよ!」
「まだ試験は始まってないからセーフさ。ちなみにイルミだったら殺してたんじゃないかな」
「し、しませんよ……そんなこと」
「だからイルミはやる時はやる男だよ」

ヒソカは携帯電話を取り出すと何やら操作した後、にウィンクを飛ばした。

「それに、お姫様にちょっかい出すやつが居たら”殺して良いよ”って言われてるし、ね?」
「え……な、何ですかそれ……」
「要するにお姫様にはジャックとキングが付いてるって事さ。何かあったらさっきみたいに抱きついてくれて良いからね」
「だ、だ、抱きついてなんかないですよ!」
「怒った顔も可愛らしもんだねぇ」
「ヒソカさん! 私は真面目に話してるんです!」

は立ち上がって大きな声を出すと周りがざわついた。
無理もない。
殺人まがいな事をした男と親しく話していれば同類と思って周りは必ず警戒する。
その目の中に先ほどまで一緒に居たゴン達の姿を見つけては息を飲んだ。
動揺したは一歩下がると周りがを避けるように空間が出来る。

「うわぁあああああ!!!」

先ほど聞こえた男の悲鳴には弾かれたようにそちらに顔を向けた。
ビリビリと全身に感じる気配には後ずさり、思わずヒソカの後ろに隠れて震えた。

「おやおや?」

今までに感じた事のない気配には呼吸を忘れ、ヒソカの服を震える手で握りしめて俯いた。
そんなを見ながらヒソカは少しだけ笑って「お姫様に謝らないあいつが悪いんだよ」と小さく呟いた。


2020.11.04 UP
2021.08.05 加筆修正