パラダイムシフト・ラブ2

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参加者の全体が小走りになった時、前の方から試験官の自己紹介が聞こえた。
一次試験担当者はサトツと言い、一次試験の内容は二次試験会場まで案内するサトツに付いて行く事だった。
全体に合わせて達もスピードを上げ始めた時、ギタラクルがカタカタと揺れた。
それに頷いたヒソカは「僕たちはちょっと後ろの方を走るよ」との頭を軽く撫でた。
は小さく頷いきながらも真っ直ぐに前を捉え、前を走る参加者を見失わないように集中した。

列を離れたヒソカは「いやぁ素直で可愛いよね」と茶化すとイルミは「次触ったらその顔吹っ飛ばすから」と揺れずに言葉を発した。
周囲を走る連中は”お前そんな声だったのか!っていうか話せたのか!”と驚愕の表情を浮かべる。
明らさまな嫉妬を態度に出すような男ではないと分かっているヒソカは「でも、バレなくて良かったじゃないか」と笑う。

「弟がこれでエントリーしちゃったから仕方ないんだよね。それより、と近すぎだから。もっと離れて」
「ん? 別に普通の距離感だよ?」
「普通? あれが? そう言うのはねヒソカ、セクハラって言うんだよ」
「何それ?」
「テレビで言ってた」
「君……お姫様の世界で何してたの?」
「教えない」

ほぼランニングに近いスピードで走る二人が普通に会話しているのを周りは”馬鹿かコイツら”という目で見ていた。
クスクス笑いながら走るヒソカは「それにしても、どういう風の吹き回しだい?」と意味深なことを聞く。

「ん?」
「今年も参加しないって言ってたじゃないか」
「……仕事で必要になったから」
「なるほど。監視役は君、か」

その言葉にイルミは少しだけ目を細めた。
ヒソカがその情報を知っているという事は、漏らした相手はしか考えられなかった。
しかし、自分の存在に気がついていない以上”誰が監視役”なのかはまだ知られていない事にイルミは軽く溜息を零した。

「今はオレも監視されてるみたいだけどね」
「君も?」
「うん。は気づいてないけど……のバッグについてる緑のアレ、カメラか何かが内蔵されてると思う。どっかの馬鹿が女の体に仕込んだみたいな小さいやつだね」
「へぇ誰だろうね、そんな馬鹿な事するの。ってことはこっちの行動は筒抜け?」
「そういう事。ま、早々に外すけど。アレがあると色々面倒臭いからさ」

愉快そうな表情をしながらヒソカは前髪に軽く触れる。
「ねぇ、ボクがそれを破壊したら……お触りオッケー?」とふざけて言うと隣からすぐ「んな訳ないじゃん」と否定された。

*****

30分ほど走っただろうか。
どこまでも続く同じ光景、いつ終わりが来るのかわからないこの試験には少しだけ目を細めた。
恐らく試されているのは持久力と精神力。
自分の気の持ちようがカギを握るこの試験には心の中でゴトーに感謝した。
はランニングではないが、ほぼそれに近い状態で2番ホールで走らされたのを思い出していた。
コインに追いかけられる恐怖が無い分幾分かましな状況には少しだけペースを落とす。
要するに二次試験会場まで辿り着ければ良いだけのこと。
そう踏んだは徐々に後ろに下がるととある人物と並んで走った。

「え……忍者?」

その言葉に並んで走る男は目を見開かせてを見た。

「お前は……変な奴らと居た女……?」
「あ、ご、ごめんなさい急に! あ、あの人達は悪気があったわけじゃ……ないんですけど、でも、お騒がせしました」
「……それより今、”忍者”って言ったか?」
「は、はい……違ったのなら謝ります。ただ、その格好がどうしても」
「分かってくれるか!!!」
「はい?」
「此処だけの話し……オレは忍者なんだ!」

高らかに宣言されは開いた口が塞がらなかった。
普通忍者というのはもっと気配を隠し、隠密で動くものだと思ったがどうもこの男は隠す気がないらしい。
もしかしたらが居た日本の”忍者”とイルミの世界の”忍者”はどこかズレているのかもしれないと感じた。
厄介な男に話しかけてしまったと後悔したが、後戻りは出来ないみたいだった。

「見る目があるなお嬢ちゃん!」
「お、お嬢ちゃんって呼ばれる年でも……無いんですけど」
「ん? その黒髪と黒い瞳、そして白い肌。それに一瞬にしてオレの正体を見抜いたその眼力……まさか、くノ一か?」
「ちっ、違いますよ! 私はただの一般人です!」
「なるほど……こんなところで大和撫子と出会えるなんて思わなかったな」
「……話し、聞いてますか?」

どうにも時代感覚がズレている男にはため息を漏らしたが、此処で出会ったのも何かの縁。
は少し困った表情を浮かべながら「私はです。大和撫子でも、無いですよ」と言うと男は満面の笑みで「オレはハンゾーだ。覚えておいてくれ、大和撫子」と言われた。
もう一度大和撫子では無いと言おうとしたが、どうにも聞き入れてくれなさそうな雰囲気には肩を落として「試験、頑張りましょうね」と側から離れた。
喋ってしまった事で少しだけ身体に疲労を感じたが、まだまだ走れる感覚には前を向いてひたすらに前方に見える男達を追いかけた。


2020.11.04 UP
2021.08.05 加筆修正