パラダイムシフト・ラブ2

54

キルアは今しがた見た光景に困惑していた。
一瞬だけ見えたのは自分の家族に仕える執事が着用している制服だった。
一度自分を探しに来たゴトーにハンター試験に参加する事を伝えている以上、家族と執事達は試験に参加している事は知っているはず。
だとすると自分を監視するために試験会場に執事を送り込んだとしか考えられなかったが、監視されているような気配は無かった。

「なぁ。なんかこう……後ろが長いスーツみたいな服着た奴って、会場で見た?」

もしかしたらの可能性を感じてキルアは一緒に走るゴンに尋ねた。
ゴンは少し考えた後「えーっと、うん。居たよ! あれでしょ? お尻らへんが長いやつ! 珍しいよね」と頷いた。
キルアは動揺を隠しながら「え? マジで見たのかよ?」と更に探るとゴンから衝撃的な言葉が返ってきた。

「うん。一緒に会場に入ったから知ってるよ」
「一緒に? 冗談だろ?」
「ほんとだよ。レオリオは最初試験官じゃないかって疑ってたけど、プレート貰ってたからちゃんとした参加者だよ」
「……マジかよ」

執事がこの試験に参加しているのは間違いなさそうな事にキルアは口元をヒクつかせながら笑った。
しかし、執事は全員ハンター試験を突破出来る程の実力を持っている認識だった。
ただ走るだけの試験であれば余裕のはず。
体力がない奴で、執事の服を着れるような人間が誰かを消去法で考えると一人の名前がキルアの頭の中で浮かび上がった。

「いや……違う! 絶対に違う……!」

まだと決まったわけじゃない。

「……名前とか、聞いてねぇの?」
「名前? もしかしてキルアの知り合い?」
「いや、わかんねーけど、もしかしたら……」
「そうなんだ。って、言ってたよ」
「は……?」

まるで頭を岩で殴られた時のような衝撃があり、目が見開く。
何故何のスキルもないがこの試験に参加しているのか。
キルアは震える声で「冗談……だよな?」とゴンに聞くがゴンはキルアの事情を知らないだけに「あのヒソカってやつが問題を起こす前までオレ達と一緒に居たんだよ。ちょっとだけだけどね」と素直に答えたが、その後表情を硬くさせた。

「でも、はヒソカと知り合いみたいだった……」
「……ヒソカって、あの44番? それはねーよ。だってあいつずっと屋敷に居たし……オレの家族と執事以外に知り合いなんて……」

しかしキルアはそこで口を噤んだ。
そういえば屋敷に来る前のの事をキルアはよく知らない。
いつも自分の話をニコニコと笑いながら聞いてくれたは一度も過去の事を話していないのをお思い出した。
だとすればヒソカは友人か何かかもしれないと思ったが、その考えはすぐに捨てた。
あのが人を簡単に傷つけて笑うような人間と知り合いなはずがない。
だが、一般人や執事をも簡単に手にかける我が兄の事を思うと、複雑な心境だった。

「キルアはと一緒に暮らしてるの?」
「いや、暮らしてるっつーか、兄貴が連れてきて……なんか、成り行きで住んでた、かな。結構抜けてるけど真面目っつーか面白い奴で……ってそんな事どうでも良いんだよ! 何で、何であいつが! おかしいだろ! 本当にって言ったのか!?」
「キルア?」
「まさかゴトーがチクったのか!? いや、でも、あのゴトーが参加を許すわけ……ってかあれがなら誰がを担いでたんだよ! あぁくそっ! 相手見とくんだった!」
「ど、どうしたの?」
「ぜってー聞き出してやる……!」

見た限りの記憶ではヒソカでは無かったことは確かだった。
となると他の知り合いがこの試験に参加している事になる。

「まさか……兄貴? いやいやいやありえねー……」

自分で言葉にしてすぐに頭を振った。
実兄ならば殺気や気配で分かる。
しかし、人に執着しない兄が初めて人を、しかも女を屋敷に何の報告も無しに連れてきたのだから相当気に入っているはず。
大事なを一人で試験に参加させるとは思えなかったが、毎年頑なに参加しなかった人間がたった一人のために試験に参加するだろうか。

「あぁああくそっ! こんな地面じゃなきゃとっくに前の方に行ってるっつーのによ!」
「気をつけないと足を取られて体力削られちゃうね!」

先頭集団に混ざりたくても泥濘に足を取られて思うように走れないことと、誰がを担いでいるのかが気になってキルアは頭をわしゃわしゃと掻く。
そんなキルアの感情の変化を見ながらゴンは「キルアはさ、の事、好きなんだね」と笑うとキルアはむきになって「好きじゃねーし! いや、好きだけど好きじゃねーし!」と反論した。
それに対してゴンが「何だかお姉さんって感じがするよね」と言うと、キルアはそっぽを向いた。

「……はオレの友達なんだよ」
「そうなんだ。オレもと仲良くなれるかな?」
「それだけは止めとけゴン! 殺されるぜ?」
「どうして? キルアの友達なんでしょ?」
「友達……だけど、あいつの後ろには兄貴がついてるし……」
「でもさ、良い人の周りには自然と人が集まるもんだよ」

そう言われてキルアは「確かに」と頷いた。
普通なら毛嫌いされる部類の兄であるミルキともなんだかんだで会話もするし、ゲームもやる。
おまけに自分以外の人間には滅多に触らせないパソコンだって触らせてもらっていた。
執事長のゴトーも本人の前では言わないがの事を気にかけていて、父親や祖父の目もを見るときだけはどこか温かみのある目をしていたのを思い出した。
キルアにとっては素直で、まっすぐで、何事も否定せずに受け止めてくれる理想の”友達”だった。
上からは家業を受け継ぐ圧力がかかり、下からは媚びへつらわれる生活にうんざりしていた時に出会ったのがで本当に良かったとキルアはこの時思った。

「……ま、良い人っつーか良い人過ぎてよく今まで生きてこれたなって思うぜ?」
「本当に? ねぇねぇ、ってどんな人なのか教えてよ!」
「いいぜ。最高に傑作だったのが文字が読めなくて……」

走りながらでも二人の間に会話の花が咲くが、キルアには気になる気配を感じていた。

「それよりもまずヒソカから離れたほうが良い。あいつの側に居るとヤバいぜ。臭いで分かる」
「……臭い? ふーん。臭わないと思うけど……クラピカ! レオリオ! キルアが前の方に来てた方が良いってさ!」
「オイ! 緊張感のない奴だなぁ!」

ゴンがレオリオとクラピカを呼ぶが「どアホ! 行けるもんならとっくに行ってるわーい!」とレオリオの叫び声が返ってきた。
それに続いてクラピカが「構わず先に行け!」と叫ぶ。
それを聞いたキルアは「行くぞ、ゴン!」とスピードを速め、ゴンを連れて先頭集団へと目指した。


2020.11.09 UP
2021.08.05 加筆修正