パラダイムシフト・ラブ2

55

眠っているを小脇に抱えながら走るイルミはサトツの後ろをキープしていた。
女と鞄を持っているからと言って何のハンディキャップにもならないこの試験に小さく欠伸をすると少しずつ霧も晴れ始め、ゴールが近い事を感じたイルミは集団から抜けるとを木陰に静かに下ろした。
夢でも見ているのかうっすらと笑みを浮かべているの頬を突いてみるが身をよじるだけでは起きなかった。
最後に見た時よりか少し痩せたのかこんなにもという人間は小さい者だったかとイルミは首を傾げた。
手首に触れてみると簡単に折れてしまいそうな細さで、自分に代わりにライセンスを取る為に試験に参加するその無謀さに思わずため息が漏れる。

「……人の気も知らないで、馬鹿だなぁ」

特訓だって、ほんの少しで良かった。
ただ自分が居ない時に、”危険”を察知出来て逃げる”選択が出来る”レベルで良かった。
なりに考えた自分の存在意義を確立するための選択だったのだろうが、あまり賛成出来るものではなかった。
危険を伴うし、最悪の場合死が待っているハンター試験に参加などして欲しく無かった。
恐らくハンター試験がどれくらいにとって危険なのか理解していないから、参加出来たのだろう。
仕事で家を離れる前に”帰るまで死ぬな”と約束をしたにも関わらずこんな事になるとは想像していなかったイルミは頬を突いていた指で軽く頬を摘んで引っ張った。

「良い加減起きなよ」

まさか再会の場が自宅ではなく、試験会場だったのには驚いたが1ヶ月ぶりの寝顔を見るとどこか安心した。
この世の理不尽さを知らないような寝顔を見ているとふつふつと黒い感情がイルミの中で生まれ始める。
バッグについた監視のチャームはもう無い。
自分もも監視の目がなくなり、いつ姿を晒しても良い状況の今、もし今ここでギタラクルの変装を解いてが起きたらどんな顔をするだろうか。
そもそも何故自分に気がつかないのだろうか。
ただ姿だけが違うだけで、中身は同じなはずなのにはヒソカの言った嘘である”弟子説”を信じているようだった。
もし、起きた時に目の前に自分が居たら驚くだろうか、それとも怒るだろうか。
またいつもの調子で弱々しくて痛くも何ともないパンチをしてくるだろうか。
イルミが頭に刺さっている針に手を伸ばした時、の目がゆっくりと開いてしまった。

「うぅ、ん……あ、れ……此処……ひゃぁあああ!!!」

は目を冷ますなり大きく目を見開かせ、イルミとすぐに距離を取るために起きたての体に鞭を打って木の後ろに隠れた。
そんなを見てイルミの行き場を失った手が頭を掻く。
目の前の人物が”ギタラクル”であると理解したは「ギタラクルさんでしたか……ビックリしました」と胸を撫で下ろしながら木の後ろから出てきた。

「それより……此処は、何処ですか? 私どうやって此処に? あれ? 階段……登ってませんでした?」

姿を現わすタイミングを失ったイルミはゆっくりと立ち上がり、持っていた鞄をに渡すとカタカタと揺れた。

「レオリオさんの鞄……まさか、ギラクルさん……私のこと、運びました?」

やけに勘が鋭いにイルミは何も答えず、反応を伺った。
無言を肯定を受け取ったは鞄を強く抱きしめながら「駄目ですよ! 手助けはカンニングと一緒なんですよ!?」と怒られてしまった。

「私は、私は自分の力で試験を受けなきゃ駄目なんですよ! じゃないと意味がないし、背中を押してくれたゴトーさんに合わせる顔がありません!」

突然の口から飛び出したゴトーの名前にイルミが小さく揺れるとは咄嗟に口を噤んで周りを警戒しだした。
周りをキョロキョロと見ながら上手く警戒心を張っているのを見てイルミは面白くなさを感じていた。
イルミが記憶しているの印象は警戒心がなくて、殺気や気配に鈍感で自分が側に居なければすぐ死んでしまうような人間だ。
一丁前に周りを警戒する顔なんてものは見たく無くて、今すぐでもにその表情を崩したい衝動に駆られたイルミは一歩だけに近づく。

「ギタラクルさん、気のせいかもしれしれませんが……人の気配がします。離れましょう。何だか……嫌な予感がします」

はイルミの返事を待たずに手を取り、その場から逃げるように走り出した。
イルミは引かれるがままにの後を追いかけながら一瞬だけ振り返り、茂みの中から感じていた微かな気配に目を少しだけ細めてカタカタと揺れた。

*****

達の姿が見えなくなったのを見計らってゴンと別行動を取ったキルアは茂みの中から顔を出した。
今しがた見た光景が信じられず、開いた口が塞がらなかった。

「あいつ……あんな危なそうな奴と知り合いとか聞いてねーんだけど……」

服についた木の葉を払いながら茂みから出たキルアは頭を抱えた。
ヒソカと知り合いかもしれないとゴンから聞いた時もショックだったが、どこからどう見ても危険人物な出で立ちの男と知り合いな事の方がショックだった。
それよりもゴトーが裏で糸を引いてることを聞いてしまい、油断して気配が漏れたことをに気づかれてしまったことが失敗だと感じた。
まさかあそこまでが人の気配に敏感になっているとは思わず、小さく「くっそぉ……」っと漏れる。
と男の関係も気になるが、キルアにはもう一つ気になる点があった。
それはもう一人の危険人物の方で、気配もなければ隙もない薬の一つや二つをやっててもおかしくなさそうな風貌の男だった。
そんな事が出来るのは裏の世界に身を置く者か、余程のスキルを持ったハンターしかいない。
どうしてそんな人間とは繋がっているのか。
しかし、何となくだが何処かで見た事あるような気がしたキルアは口に手を当てながら考えた。

「……あんな奴、同業に居たか……?」

とりあえずまずはを観察しながら一緒に居た男が何者なのかを探る必要があると結論を出したキルアは二人の後を追いかける事にした。
必ず接触出来るチャンスはあると信じ、耳を頼りにキルアは林から抜けてゴールを目指す集団に混じって二次試験会場を目指した。


2020.11.09 UP
2021.08.05 加筆修正