パラダイムシフト・ラブ2

56

二次試験会場らしき場所に到着したは肩で息をしながらギタラクルに変装しているイルミに振り返った。
涼しい顔をしながら揺れているイルミを見ては眉を寄せた。
周りの参加者は座り込んだり、腰に手を当てながら必死で息を整えているのに一人だけカタカタと揺れている人物は異様に映る。
やっぱりイルミの弟子だけにこんなもんでは疲れないのだろうと思いながらは「……運んでくれてありがとうございました」と言えなかったお礼を伝えた。

「で、でも! もう手助けはダメですからね! これは、私だけの試験じゃないんです!」

念の押すようにもう一度言うが、イルミはどこ吹く風でそっぽを向いた。
普通の人間ならラッキーだと思うところをどうやらは悔しがっているようで、「イルミさんのライセンスもかかってる大事な試験なんです!」と諦めない。
そんな二人に近づく影があった。

「眠り姫はお目覚めのようですね」

毛先が綺麗な曲線を描く試験官であるサトツがに話しかけた。
振り返ったは言葉を詰まらせながら顔を青くさせると、心情を察したサトツが少しだけ笑った。

「ご心配無く。失格とお伝えするために話しかけたわけじゃありませんよ」
「……で、でも……私実際に走ってません、よね。処分は……ど、どうなるんでしょうか?」
「処分? 私はただ”私に付いてきてください”と言ったまでですよ。それが一次試験を合格するための条件です」
「っと言うことは……」
「意識がなければ考えものでしたが、こうして目覚めているのであれば二次試験に進むのを許可致します。それを確認するためにお声がけした次第ですので」

「では」と頭を下げて離れるサトツには胸を撫で下ろした。
不思議な雰囲気を纏ったサトツを見ながら「やっぱり試験官さんって凄い……」と呟いた。

他の参加者同様に二次試験が始まるまでの間、は抱えた鞄に視線を落とした。
レオリオは無事此処まで来てくれるだろうか。
そんな事を考えているとイルミは携帯電話を取り出して震えた。

「あ、電話ですか?」

小さく頷くイルミには「もしかして……イルミさんへの報告ですか?」と首をかしげるとワンテンポ遅れてイルミはゆっくりと頷いた。
は「あ! 私の事は、話さないでください!」と言うとイルミは首を傾げた。
秘密も何も本人が目の前に居るのにと思ったが、その言葉でが自分の事を疑っていない事を確信した瞬間だった。

「試験の事……何も報告していないので。だから、あの、私が参加しているのことは……秘密にしてください」

苦笑いを浮かべながら小さく頭を下げるとイルミはもう一度ゆっくり頷いて林の奥へと入っていった。
その背中を見送った後、は手持ち無沙汰を感じて時計が埋め込まれた建物へと近づいた。
固く閉ざされているドアにゆっくりと近づき、埋め込まれている時計を見上げた。
この先が二次試験会場なのかと思うと抱えた鞄を抱く腕に力が入る。

「……?」

不意に呼ばれた名前に反応してしまい、が振り返るとそこには家出をしたはずのキルアが居た。
信じられないというような目で見るキルアに思わずは口元を手で押さえ、やっとの思いで「キルア、君?」と言葉が出た。

「そうだけど」

その言葉には目を見開き、堪らずキルアを抱きしめた。
胸に頭を押し付け「よかったー! 心配したんだよ!」と再会出来た喜びを伝えると「離せよ!」と頬を少し赤色に染めたキルアが腕の中でもがく。

「ゴトーさんはキルア君の事教えてくれないし、一緒に探させてもくれなくてさ……でも、ゴトーさんは大丈夫って言うから何も言わなかったけど、家出しちゃったって聞いた時は本当にビックリしたんだからね! どこも怪我してない? ちゃんとご飯食べてる?」
「お前はオレの親かよ!! いいから離せ!」

の腕を払いのけたキルアは腕で顔を半分隠しながらから少しだけ離れた。
突然消えた温もりに寂しそうな顔しながら「折角の再会だったのに……」と腰に手を当てた。

「で、何してんの……?」
「そ、そう言うキルア君だって……何でキルア君が試験を受けてるの?」
「いやいやいや、それはこっちのセリフだし! お前、この試験がどんな試験か分かってんのかよ!!」
「わ、わ、分かってるよ!」
「いーや分かってないね! その顔はぜってー分かってねぇ! いいから帰れ!」
「帰りません!」
「帰れって! 死ぬかもしれねぇ試験なんだぞ!」
「死にません!」

まるで姉妹のような喧嘩を繰り広げる二人の周りに人が集まり始める。
ただの参加者同士のいざこざであれば気にも止めないが、相手が地獄の階段を一着で登り終えた者と参加者の中でも特に異様な雰囲気を持つ二人と平気で会話をする者であれば自然と関心が向く。

「まぁまぁお二人共。喧嘩はそこまでにしておきましょう」

二人の仲裁に入ったのは勿論サトツだった。

「喧嘩じゃねーし! だいたいこいつ……途中まで407番の男に担がれてたんだぜ? 自分で走ってねーから失格じゃねーの?」

キルアはを家に帰したい一心でサトツを見上げながらを指差した。
しかし、サトツから帰ってきた言葉はキルアの期待を裏切るものだった。

「その件についてですが、すでに解決済みです」
「解決済み?」
「えぇ。この一次試験は”私についてくること”です。例え意識があるがなかろうが、最終的には私を追いかけて此処まで来れれば良いのですよ」
「ふふーんだ。残念でしたー!」
「あぁもう! 得意げな顔すんじゃねーし!」
「それに私は一言も”手助けをしてはいけない”とは申しておりませんしね」
「……そういう事かよ」

小さく舌打ちをしたあと、キルアはを見ながら「ぜってー家に帰すからな!」と宣言するのに対してもう一度胸を張りながら「帰りません!」と宣言した。
その様子を気に隠れながら見ていたイルミは携帯電話の向こうの相手に「取られちゃったから早く戻ってきて」と伝えた。


2020.11.11 UP
2021.08.05 加筆修正