パラダイムシフト・ラブ2

57

とキルアが押し問答をしていると扉の奥から腹の鳴るような音が聞こえ、二人は口を閉じだ。
何事かと思ったはキルアに飛びつき「な、なんか音しなかった!?」と辺りを見渡す。
周りの人間も数人その音が聞こえたようで思わず扉から離れる。
キルアはを無理やり剥がして「それよりゴン達がまだなんだけど」と少しだけ表情を曇らせた。
その名前を聞いたは「ゴン君?」と首を傾げた。

「おいおい、ゴンはと一緒に会場に入ったって言ってたぜ?」
「あ、うん……そうなんだけどね。キルア君も仲良くなってたのにビックリしちゃった。お友達になれそう?」
「はっ! 友達とかそんなんじゃねーし!」
「でも嬉しそうな顔してるよ?」
「うるせーよ!」

キルアは顔を背けながらの腕を掴み、林の入り口へと移動した。
聞けばキルアはゴンと共に先を走り、その後をクラピカとレオリオが追っていた。
ヒソカからただならぬ殺気を感じたキルアは二人に前の方に来るよう提案したが、体力の問題もありそのままゴンと二人で先を急いだが、ゴンは二人を心配して引き返したらしい。

「キルア君は一緒に行かなかった?」
「オレ? まぁ……気になる事があったし……」
「気になる事?」
「どっかの誰かさんが知らねぇ男に担がれてたから後を追ったんだよ」

すぐに自分の事を言ってるのが分かりは苦笑いを浮かべた。

「で、でもお友達の危機は助けてあげなきゃ!」
「はぁ? 何言ってんだよ。だってオレの友達だろ? ましてや家族みたいなもんだし、そっち優先して何が悪いわけ?」

これには返す言葉がなく、は照れているのを悟られないように俯いた。
待つ事10分ほど、二人は先ほどのように「家に帰れ」「帰りません」の押し問答を繰り返した。
そんななか、キルアは小さく「そろそろ来るぜ」と呟いた。
林の方に視線を向けたがには足音のようなものは聞こえなかった。
入り口の方を集中して見ていると二人の気配を感じた。

「ねぇ、キルア君。2人……じゃないかな?」
「へぇ。分かるんだ」
「なんとなく、だけどね……って、ゴン君とクラピカさんとレオリオさんを待ってるんだよね?」
「どうせレオリオっておっさんが脱落したんだろうな」
「え、縁起でもないよ! この鞄、渡さなきゃいけないのに!」
「その鞄あのおっさんの? でも気配は2人だぜ? 消去法で考えればそうだろ?」

キルアが言わんとしている事は理解出来るが、はそれを認めたくなかった。
せっかく知り合ったのだから知り合った人達は皆合格して欲しいと思い、は祈るようにレオリオの鞄を抱きしめた。
徐々に近づいてくる足音には目を瞑ると隣から少し嬉しそうにゴンの名前を呟くキルアの声が聞こえ、ゆっくりと目を開けるとそこには走るゴンとクラピカの姿があり、レオリオの姿は無かった。
2人が息を切らせながら到着したとき、ピストルの発射音ような音が鳴り響いた。
その音の方向にとキルアが振り返るとサトツが「終了。皆様お疲れ様でした」と一次試験が終了した事を告げた。
今居る場所はビスカ森林公園という所で、此処が二次試験会場である事を説明するとクラピカは「どうやら間に合ったようだな」と安堵の表情を見せる。

「あ、あの! レオリオさんは……?」

平然としている2人には鞄を抱きしめながら聞くとクラピカが「来ていないのか?」と眉間に皺を寄せた。
その問いに対してはゆっくりと頷くとクラピカが「しかし……」と言葉を続けようとした時、ゴンが「待って!」と制止した。
何かを見つけたのか突然走り出したゴンの背中を追いかけると上半身裸で気を失っているレオリオが気にもたれ掛かっていた。
頬が大きく腫れ上がったレオリオは気を失っていた。

「レオリオ!」
「レオリオさん! 起きてください!」

は鞄を抱きしめながらレオリオの身体を少し許すと目が覚めたのか「どうなってんだ……?」と苦しそうな声を出した。
少し気を失っている程度で良かったと思っただったが、腕に巻かれた包帯のようなものを見て顔をしかめた。
まさかのあのヒソカが負わせた傷なのかと思うと心が痛んだ。
最初の印象こそ怖かったが、話が通じない人ではなさそうなイメージがあっただけにこの事に関してはショックが隠せなかった。

「腕の傷以外は無事なようだ」

の隣にしゃがんでレオリオに触れたクラピカが頷いた。
それに対してレオリオは「顔見ろ顔!!!」と自分の顔を指差した。

「いつも通りだが」
「何処がだよ!!! くそぉ! どうなってんだよ!!!」
「ほ、頬が大きく腫れています! あまり触らない方が……」
「……お前、ヒソカと一緒に居た女!」

レオリオはの存在に気がつくと、「寄るな!」と言ってを思い切り突き飛ばした。
バランスを崩したは後ろに倒れるとキルアが舌打ちをしてを支える。

「おい! になんてことすんだよ!」
「そうだぞレオリオ! お前の事を心配して……」
「冗談じゃねぇ! この女はな……あのヒソカと変な気色悪い男とつるんでるような女なんだぜ! 信用ならねぇよ!」
「レオリオ! 撤回しろ!」

レオリオの剣幕に負けない声でクラピカがレオリオを咎める。
それでもレオリオは謝罪はせず、ふんと顔を背けた。
得体の知れない人間に対して非常に純粋な感情を持つレオリオに対しては小さく首を振った。

「……良いんですクラピカさん。疑われるような事をしているのが悪いんですから。信頼というのは積み重ねなので、仕方ないですよ。でも、これ。階段を登り始める前に忘れていった鞄です」

は抱えていた鞄を差し出すと、驚きの表情が向けられた。

「お前これ……ずっと持っててくれたのか?」
「そうですよ? ずいぶん重たいですが、大事な物ですよね?」

ふわりと笑うとレオリオは小さく「あ、ありがとな」とバツの悪そうな顔をしながら鞄を受け取った。
「いいえ。信頼は積み重ねですから」と言うと小さく「悪かった」と返ってきた。
そのやりとりを見ていたキルアは小さく「あんなの置いときゃ良かったのに」と呟いた。

「キルア君も落ち着いて」
「だってあいつの事……!」
「良いから良いから。ほら、もうすぐ二次試験が始まるよ」

「ね?」とキルアの支えを借りながら参加者たちの中に混ざる事を提案した。
それに合意した面々は輪の中へと戻り、サトツの言葉を待った。


2020.11.19 UP
2021.08.05 加筆修正